イスラエル国内にパレスチナ和平派は存在しないのか 【小田切拓さんに聞くパレスチナ②】
パレスチナ(ヨルダン川西岸地区、ガザ地区)に20年間で70回以上渡航をしたジャーナリストの小田切拓さんに、パレスチナとイスラエルの今について聞くシリーズの2回目(本文は約5000字)。
(上のサムネイル画像はガザ地区の浜辺。見える海は地中海だ。本記事の写真提供は小田切拓氏)。
平井 小田切さん、今のイスラエル国内の空気としては、パレスチナ人の殺害は許容されているという感じなのでしょうか。気になります。
超正統派への批判
小田切 その答えにはちょっと遠回りの話にはなりますが、まずはイスラエル国内の社会状況について説明させてください。
イスラエルでは、政治的な分断が深まっています。最近でいえば、6月25日に、イスラエル最高裁が人口の14%近くを占める超正統派の人々に兵役を命じる判決を言い渡したことが国内で問題になっています。
現在の政権を含めイスラエルでは小政党と連立しなければ政権与党が組織できないという国内事情があり、現政権にも超正統派系の政党が加わっています。政府としてはこうした政党に離反されては困るのですが、一般市民としては、超正統派の兵役免除には反対の声が強いんです。
平井 超正統派は、ひげを生やして黒い帽子とスーツをまとっている人たちですね。どうして彼らに対して反対の声が強いのですか。
小田切 超正統派はユダヤ教の戒律の勉強をし、厳格にそれに従った生活をしている集団です。そのような生活をしていて、一般国民のように働いていないため彼らの収入の中心は国からの補助金なんです。しかも「多産」です。理由については、ここでは触れませんので読者の方はご自分で調べてみてください。
超正統派はかつてはイスラエルの人口の4%程度だったのですが、10年前には人口の10%。最近では14%近まで増加しています。それで「ただ飯喰らい」という批判も出てくる。戦闘が長期化する中で、超正統派への風当たりはより強まっているのではないでしょうか。
また、和平推進派とされてきた左派は力を失ない、特にパレスチナ人と一つの国家の中で対等に共存しようという極左は、ほとんど存在しなくなりました。国を捨てて海外に出た人も多いと考えられています。
イスラエル国内の右派、左派、極左
平井 イスラエルに希望をもってやって来たが、嫌気が差して出国してしまうユダヤ人もいるわけですね。そうするとイスラエル国内にはパレスチナとの和平を訴える人たちはほとんどいないでしょうか?
小田切 イスラエル国内の左派は、結局、シオニストなんです。
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【シオニスト】シオニズム(シオン主義)支持者のこと。シオニズムは、パレスチナの土地にユダヤ人の民族的拠点を設置しようとする運動のこと。1897年の第一回シオン会議に始まり、1948年にイスラエルが建国された。
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つまり、100年以上前には人口の大半がアラブ人だったパレスチナ地域をユダヤ人のための国にしようという考え方を、結局、左派も支持しているんです。
右派は基本的に、パレスチナの全てをイスラエルにしようとします。
一方、左派は、イスラエルがなるべく多くの面積を領有し、その土地に存在するパレスチナ人は最少にしたいと考えています。より現実的に、短期間で目的を達成するためです。パレスチナ人が多い地域にパレスチナ人を集めた小さな街を作り、その極小な土地を集めてパレスチナ国家として独立させる。実質的には、土地を奪われたパレスチナ人について、イスラエルが責任を持たなくて良い状態、つまりパレスチナ人の切り捨てを、「二国家解決」と呼んでいるのです。
以前は「二国間解決」案を支持するか否かが、右派と左派を分ける中心軸でした。だけど、イスラエルへの西側社会の後押しが強まり、パレスチナ側が何もできないほど弱体化したために、パレスチナ自治区内の占領地でイスラエルはやりたい放題になりました。もはやパレスチナ人に土地を渡すことを考えなくても良くなってしまったのです。現在、イスラエル国内で「二国家解決」を支持するユダヤ系イスラエル人は、人口の20%も満たないでしょう。
こんな状況なので、左派政党は、パレスチナ問題よりもイスラエル国民のための社会福祉などを重視する政党になってしまいました。
10・7以後のネタニヤフ
平井 議論の前提がすっかり変わってしまったわけだ。イスラエル国内からパレスチナ問題を打開する手はなさそうですね。
小田切 現在、イスラエル国内では人質奪還とネタニヤフ批判ばかりです。ところがイランやヒズボラ(レバノン・シーア派の武装組織)からの報復的攻撃が生じたため、右派の間ではネタニヤフ首相の支持率が回復しつつあるようです。
平井 この件はイスラエルが先に仕掛けたのに。
小田切 ですが、結果的にリクード(イスラエルの政党「国民自由運動」。党首はネタ二ヤフ)への支持は増えています。
昨年10月以降、支持する方向性に違いはあっても、安全保障面についてユダヤ系イスラエル人はすべて強硬派になったと言ってもいいでしょう。短期的にみれば国内にかつての左派はもはや存在しないんです。さらにイランやヒズボラとの関係が緊迫してきています。ネタニヤフが緊迫させたわけですが、これが現状です。
平井 イランやヒズボラからの武力攻撃はイスラエル国民は避けたいですからね。見事にネタニヤフの戦略に乗っている感じですね。
小田切 10・7以降、アメリカは、人口が日本の10分の1以下のイスラエル(人口は約955万人)に、単独でも数兆円規模の軍事費支援を決めています。イスラエルが戦費に困ることはない。「イスラエルはやり過ぎだ」という表現は国際社会でなされたとしても、日本政府ですらガザ地区への軍事力の行使はほぼ黙認状態です。
この状況で、イスラエルにとっての一番の問題は、超正統派の件にもつながりますが、兵士の数でしょう。ハマスだけでなくイランやヒズボラとも戦うことになれば、戦線が拡大してしまうため、短期決戦という形は取れなくなる。だから不用意な戦線拡大には、一般のイスラエル人は通常賛同しにくいのです。
一方で、ユダヤ系市民にとって、ハマスは絶対的な敵であり、容易に戦える相手でもあります。目の前の問題を解決する上でもハマスと戦うのはほぼほぼ納得しています。意見が異なるのは人質奪還を含めた戦い方だけです。
ネタニヤフは政治的な駆け引きが上手い。イラン国内ではハマス幹部を暗殺し、レバノンではヒズボラ幹部を殺害したことで、両者との緊張感が高まりました。「我々はテロリストと戦っている。それに対してイランがイスラエルと戦おうとするなら、受けて立たねばならない」などと国内世論を誘導して求心力を高めようとしているのでしょう。こうなってくると国民も、政権に強く反対をしにくくなりますから。
もちろんネタニヤフは、アメリカによる軍艦の配備など、イランやヒズボラが動きにくい状況を準備してから一連の殺害を指示したと考えるべきでしょう。
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【10・7】2023年10月7日にパレスチナ暫定自治区であるガザ地区を支配してきたハマスがイスラエルを越境して攻撃。少なくとも1200人を殺害した事件。これにイスラエル・ネタニヤフ政権が報復を開始。現在に至る。
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「平和を求めていたユダヤ系イスラエル人」はどこに
平井 イスラエルにはアメリカの後ろ盾があることを忘れてはいけませんね。ネタニヤフへの批判は国内的に根強いようですが、イスラエルの国政選挙の可能性や政権運営などはどう見ますか。不安定な連立政権による運営が続いて日本以上に解散と選挙が行われている国ですし。
小田切 まずは連立政権から離脱する政党が出て、与党が国会における120議席の過半数を維持できなくなるようなら解散・選挙はありうるでしょう。ただし今は”戦時”なので、様々な政治的な動きが考えられ、近々解散するかどうかは読めないところです。
かりに選挙が行われた場合、結果は停戦の仕方や選挙の時期によります。ネタニヤフ批判が弱まらなかったとしても、和平推進派(パレスチナ人口の切り離し支持者)が勢いを取り戻すとは考えにくいですね。
すでに以前のような和平推進を主張する左派は少ないですし、極右+右派以外の連立政権としては、まずは現政権とは多少方向性の違う右派政権。そして、反「極右+ネタニヤフ」政権といった形が考えられるのではないでしょうか。後者は、リクード内の看板のすげ替えに近いことになるのではないでしょうか? 別の形としては、旧左派を取り込みながら右派+中道の連立のような形になる可能性もありうる。今後どんな状況で和平が再開されても、パレスチナに対しては極端にひどい条件が提示されるでしょう。
平井 見通しは厳しいですね。
小田切 オスロ(合意)の時点でさえパレスチナ国家となる場所は、最大で、イギリス委任統治下のパレスチナ地域の20%強だったんです。海外在住の難民の帰還などはとうてい不可能なサイズでした。
平井 イスラエル建国によって、パレスチナの家を失い難民化した人は国内外で560万人とも言われていますからね。
小田切 パレスチナは今後、オスロ合意のそれより狭く、分断され、非武装、場合によっては国境の管理権さえない、国家とはいえない内容になるのではないでしょうか。ジョークにもならないレベルの話です。このことについて日本の専門家もほとんど指摘せず、(パレスチナへの)「援助、援助」と繰り返します。
国連や専門家の多くも、イスラエルの許可がないとガザ地区への物資が搬入できないなどと、不正解な表現をし続けています。これは国連が、国際法に則った対応を放棄して、イスラエルの意向に従っているだけなんです。
この状態のままガザ地区の復興が行われて、そのためにイスラエル製品が購入されれば、イスラエル経済が潤うことにもなります。ガザ地区や西岸地区で使われている通貨はイスラエルのシェケル。通貨交換の手数料もイスラエルに入るわけです。
このように「ガザ支援」は、むしろイスラエルへの経済支援の色合いが強いのです。これまでもずっとそうでした。この構造を非難しないどころか指摘もしない関係者は、ほとんど詐欺師のようですね。
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【オスロ合意】1993年にイスラエルとパレスチナ解放戦線(PLO)で同意された協定。ノルウェー外相の仲介で、アメリカのクリントン大統領が立ち会い、イスラエルのラビン首相、PLOのアラファト書記長の間で締結された。
イスラエルを国家として、パレスチナを自治政府として相互に承認すること。イスラエルは占領した土地から漸次撤退し、パレスチナの自治を認めること。最終交渉に入ることなどが決められた。
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平井 日本にしかできない外交もあるとは思いますが、そんな声も聞こえない。最近の政治家は外交に弱くて、内向きですね。海外へのパイプがなくて、笹川に頼んだりしている。
小田切 最後に強調して付け加えますが、ガザ地区への軍事力の行使については、イスラエル国内のユダヤ系イスラエル人の中では、パレスチナとの共存を考えて軍事力行使に反対する者などいないに等しいということです。
現政権への反発や、社会の分断も、そのほとんどがイスラエル人たちの都合によるものであり、パレスチナ人のことを思ってのことなどない、と考えるべきでしょう。
講演などをしていて最近よく聞かれたことは、「以前は平和を求めていたユダヤ系イスラエル人の知人が、ガザ地区への軍事力行使の正当性を疑いもしない。それはなぜですか?」という質問なんです。
だけど、良く考えてみてください。元々パレスチナ人と対等で、安定した関係を築こうという者などイスラエル国内にはほとんどいなかったんですよ? 彼らの定義による「平和」を、我々が勘違いしていただけなんです。
平井 「勘違い」というか、考えないようにしてきたのかもしれませんね。こうして、パレスチナ人の命が軽く扱われるということだ。
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