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Letter
どこからか、歌が聞こえる。
それはそれは美しい歌声であった。もしも天使がいるのならば、きっとこんな声をしているのだろう。きっとこんな美しい声で、今まで起こしてきた全てを清算しようとするのだろう。きっと、こんな声なんかで、全部…。
目を開けた。月明かりがまぶしい。まるまると太ったお月様が、無数の星の光を奪いながらぼくに笑いかけている。今のぼくはあいつが奪えるような、ちっぽけな光すらも纏っていないのに。バカなやつ。お返しにぼくも笑いかけてやろうかと口角をあげようとしたが、焼けて爛れた頬が邪魔をして、結局うまく笑うことはできなかった。
そうだ。ぼくは、この歌声に遜色ないほど、それはうつくしい人形だったーと、思う。今となってはわからないし、その美しさを証明する術はもうぼくにはないのだけれど。でも、確かに、確かに美しかったのだ。だって、クリスマスのプレゼントとして作られた特別なおもちゃだったんだから。人間は、美しいものが好きだ。だからぼくのいた箱庭の他のプレゼント達も、みんな漏れなく美しかった。あの夜までは。
…あの夜、突然けたたましい音が響いて、真っ赤な炎が箱庭を…ぼくを包んだ。箱庭のみんなは、その炎をきれいだ、きれいだと喜んで、真っ赤な炎の中で歌をうたい、踊りをおどった。ぼくは、炎によってみんなの体が爛れていくのを見て、逃げ出した。そして灰にもなれなかったぼくは、美しくもなくなった。だから今、このゴミ山にいる。シンプルなことだ。醜いおもちゃは捨てられる。当たり前だ。
月明かりが煩わしい。ぼくは目を閉じた。それでも、歌は止んでくれない。ああ、うるさい。うるさい。なんて、美しいんだ。美しいものが、ぼくの周りから消えてはくれない。どうしたら消えてくれるんだ。耳か、そうか耳があるから聞こえてしまうのか。ならばいっそ、耳を壊してしまおうか。どうせガラクタなのだから。何も惜しくはないだろう。
耳に手をかけた。あれ、でも、どうやったらこれは取れるんだっけ。というか、耳を取って、意味なんかあるのかな…。
「おもちゃでも、自傷行為をするのかい?」
声がした。目を開けてみると、そこには赤い鼻をしたトナカイがいた。サンタクロースのトナカイ…噂には聞いた事あったけど、見るのは初めてだ。何も言えないぼくを見て、トナカイは、くつくつと笑った。
「人間臭いねえ。どうだい?ガラクタでも、人間のように、痛みとやらを感じる事ができるのかな?」
できるわけないじゃないですか。ぼくはこれでも、人形なんですから。
「でも君は痛みを感じている顔をしているよ。」
それはぼくの顔が焼けて、爛れたからです。痛みなんかありません、そう見えるだけ。
「いいや、ぼくはねえ、知っているのさ。人間の痛みってのは身体の傷だけじゃない。ココロの痛みっていうものもあるんだよ。痛みに耐える人間の顔を、ぼくは見てきた。君はそれと、同じ顔をしている。」
…なんだか不思議なトナカイだった。美しいような、汚れているような、大人びているような、幼いような。深い、枯葉のような瞳は、そんな複雑さを秘めていた。
あなたは何故、ゴミ山なんかにいるんですか?
「この工場が嫌いだからだよ。」
トナカイは静かにぼくを見据えた。大きな角が月明かりを隠し、歪な影の塊をつくっている。彼は冷えた空気を揺らすように、鼻を鳴らして笑った。首についた鈴が、りん、と音を立てる。
トナカイは、飄々とした声に戻り、ぼくにいくつか話をした。
月は満ちて欠けるということ。夜が明けても、月と星は消えていないのだという事。星と星をつないだものに、名前があるという事。ぼくが何も知らずに見上げるこの夜空は、本当はどこまでも続いていて、たくさんの物語があるのだという事。
「…全く興味が無さそうだね。」
トナカイの言葉に、ぼくは少しだけ笑ってやった。空が広い事が、今のぼくには希望なのか絶望なのかもわからない。このまま何も知らずに、燃えたって構わなかった。どうせ痛みも感じないんだし。この頬が爛れた時だって、痛くはなかったんだ。
「君にひとつ提案がある。」
手紙屋さんにならないか。
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