パンケーキを食べる夢を見た
昔のことを何度も思い出す。
真夜中、3時に下宿を抜け出して歩いていた。
田舎だったので街灯も少なく、人もいなくて、遠巻きに私を避ける猫を横目で見ながらあてもなく歩く。
そして5時ー下宿のおじちゃん、おばちゃんが起きる前に、こっそり自室に戻って、時間になったら朝ごはんを食べに食堂へ行くんだ、と頭の中でシミュレーション。
6時半。外がガヤガヤし始める。朝練のある運動部の子達が食堂に降り始めている。その音を聞いていると、心臓がバクバク、息が詰まる。7時半になった。私もそろそろご飯を食べに行かないと、8時に迎えに来るバスに間に合わない。息が荒くなる。涙が出て、おえっとトイレの便器に頭を突っ込む。生唾と、胃から上がってくる酸っぱい液をぽたぽた口から垂れ流していると、いつの間にかタイムリミットだ。
今日も私は朝ごはんが食べられず、学校にも行けない。
そもそも昨日も一昨日も、お風呂にすら入っていなかった。そんな状態で行けるわけがない、学校なんかに。
10時を過ぎると、おじちゃんが冷えたご飯を持って私の部屋にやってくる。食べられないと伝えると、プリンを置いていってくれた。モロゾフのプリンだ。
だけどおじちゃん、ごめんね。もう何日も前にもらったプリン、一口だけ食べたモロゾフのプリン、今じゃ部屋の片隅で虫が湧いてるの。
優しさを受け取るにも、心のキャパシティが必要だ。
久々に教室に顔を出したら、あまり話した事のない男子が私を気にかけてくれた。
きっと彼女が欲しかったんだと思う。
夏祭りに誘われて、2人きりで行ってみた。
私もきっと、誰かに甘えたかったんだと思う。
美味しくもないブルーハワイのかき氷を、喧騒から少し外れた…もうあんまり覚えてないけど、すげぇデカい木の見える境内で食べた。
「トトロがいそうな木だね」と私が言うと、その男の子は半笑いで「平安さんて不思議っこ?」と返してきて、あ、こいつは無いわーと思ったのは鮮明に覚えている。
今では彼は彼なりに、私に優しくしたかったんだと分かるけど。
手も繋がずに下宿に戻ったら、おじちゃんがくれた、腐れたモロゾフのプリンがある。いつのか分からない、飲みかけのなっちゃんがある。虫が飛んでいる。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
捨てれば良いのに捨て方がわからなかった。
わからないって意味が分からないけど、とにかく、当時の私にはわからなかった。
今も私は、死にたい時によく歩く。
けれどあの下宿の頃みたいに、バカな時間に出歩くことは出来なくなった。
虫が湧くほど食べ物を放り出す事も、もうさすがに無い。
でも、次のお休みの日に作ろうと思ったパンケーキの素が、10ヶ月も手付かずのままだ。
森永のパンケーキの素。
甘いものは優しい。
甘いものは、誰かをご機嫌にする為にある。
パンケーキもモロゾフのプリンも、私に優しくする為に私の手元にやってきたはずなのに、その優しさすら享受できない私によって存在が否定されている。
きっと子どもがいる家族の元とかに渡った方が、甘いものも幸せだった。
悲しいな。
そんなことを思って寝たせいか、パンケーキを作って食べる夢を見た。
夢の中の私は、みんなとパンケーキを食べている。メイプルシロップをたっぷりかけて。
昔大好きだったのに嫌いになっちゃった人も、なぜだかその夢では一緒にパンケーキを食べていて…。
何でそんな呑気にパンケーキなんか食べてるんや、とか、何で今は嫌いなはずなのに私も美味しくパンケーキ食べれてしまうんや、とか、色んなことが謎だった。
ついでにプリンもあった。瓶に入ったプリン。絶対モロゾフだ。
なんて馬鹿な夢だろう。
私、モロゾフのプリンを完食したかったし、一緒にお祭りに行った男の子のことを好きになりたかったし、ちゃんと週末にパンケーキを食べたかったし、誰のことも嫌いになりたくはなかったな。
時間が巻き戻せたら私、おじちゃんが持ってきた冷えたご飯も全部食べてあげる。つまらない彼が言った「不思議っこだね」って言葉にも、愛嬌たっぷりに「そうかなぁ〜?」なんてつまらない言葉で返して笑ってあげる。
…なんて、後悔が尽きない。
過去の自分をちっとも許してあげられない。
今私が救える優しさは、まだ消費期限が切れてないであろう森永のパンケーキくらいだ。
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