Spica
俺には多分、生きるということへ期待しない才能があるんだと思う。
サンタクロースのおもちゃ工場と呼ばれるこの場所は、名前のイメージに反して鉄臭い匂いが漂っている。鉄臭いこの工場が、俺は別に嫌いじゃなかった。
パサついたパンも、スープに浸せばまぁ食える。大人たちに殴られるのも、外の世界にいた頃と変わらない。仕事はしなきゃいけないが、ゴミを漁ったり何かを盗んだりするよりかは気が楽だ。
工場には、見たこともないくらい綺麗なもので溢れていた。おもちゃ、というものに使われるらしい。ここで作るおもちゃは、外の世界で見た、路店に乱雑に敷き詰められたガラクタとはまるで違う。
ひとつひとつが、「誰かの宝物」になるべくして、作られていた。
きっと全部、金持ちの家に行くんだな。
金持ちの奴らを想像した。昔財布をスッた、白人の老夫婦。じいさんの足が悪くて、俺はチャンスだと思った。仲間と示し合わせて「靴を磨きます」とかテキトーな嘘をついてじいさんに近づいて、財布を取った。逃げる時、走りながらじいさんが追いかけて来ないか目をやると、彼は穏やかな顔で俺たちを見ていた。優しい目だった。それでいて、憐れむような目だった。やめろ、そんな目で俺たちを見るな。怒れよ。怒って追いかけてくれた方がマシだ。何も知らないくせに。
きっと、ここで作られるおもちゃは、ああいう老夫婦のような人たちに育てられた子どもの元へ届くのだろう。彼らのような、何も知らない子どもの元へ。
「189番。」
大人が不意に俺を呼ぶ。はい、と返事すると、俺が書いているおもちゃの設計図を凝視した。
「なかなか良いじゃないか。」
たまにこうして、褒められる事もある。仕事さえしておけば何のことはない、良い環境だ。辛くて泣いたり、痛くて手を止めたりするから、余計にまた苦しい思いをするだけだ。みんなどうしてそれに気づかないんだろう。淡々と従ってさえいれば、外の世界よりずっと簡単に息ができるのに。
何よりここには、俺たちに同情する人なんか誰もいない。それが心地よかった。
俺たちは、午前6時に起きて7時には工場に入って作業する。作業は夜まで続く。その間休まず、おもちゃを作り続ける。俺は工場に入ったら、呼吸を一定に保つ様にしていた。
誰かが殴られる音がする。
誰かが泣いている声がする。
でも手を止めるな。
止めたら次はこっちの番だ。
大人に殴られて動かなくなった奴や、殴られた傷口が膿んで高熱を出して苦しんで死んだ奴を、大勢見てきた。
だから心を乱す事がどれだけ危険か、俺は知っている。
息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。
「あ。」
小さな声が聞こえた。
声の方に目をやると、236番が青ざめた顔をしている。
手元を見ると、着色の場所が指定と違っていた。
人形の名前は"Charlotte"ー俺が設計したから知っている、こいつは特注品だ。原価も高い。これミスったってことはヤバいかもしれない。
目を逸らした。
ほら、息を吸え。吸って、吐いて、吸って、吐いて。
大人の重たい足音が近づいてくる。
ああもうほんと、
こんな世界が大嫌いだ。
俺の手なんか、最初からどこにも届かなければいいのに。
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