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2001年4月、阪急淡路駅で出会ったおじさんおばさんとの約束
2001年4月。
当時、21歳を迎える直前の20歳だった私は、大阪市内の学校を卒業後、夢を追いかけてとあるスクールに通うことにしました。
(その後ドロップアウトしたのは別の話です。笑)
スクールの入学式が行われたのは、移転した新しい校舎の最寄り駅、万博公園。(今はどうなっているんだろう・・)
ただ、ビンボー学生でおっちょこちょいだった私は、入学式の朝、財布に1000円も入っていませんでした。
「まあ、いっか。乗り換え駅のATMでお金を下ろそう!」と楽観的に考えていたものの、バタバタしていて結局、行きの電車ではお金を下ろせず。
しかも入学式の後には作家さんも参加するパーティーがありました。
「土曜日だけど、千里中央なら夜9時くらいまでATM使えるでしょ」と軽く考えていました。
ところがパーティーが終わり、いざ千里中央駅でATMに向かうと、なんと終了していたんです!
(梅田や心斎橋の感覚でいたんです。この時。笑)
この時点で私の所持金はたしか400円ほど。
目標の金額には約300円足りません。
そこで私が取った行動は、
「所持金で行ける一番遠い駅まで行き、そこでタクシーを拾ってクレジットカードで運賃を支払う」ことでした。
モノレールと阪急を使い、所持金でたどり着けたのは阪急淡路駅。
淡路駅に降り立つのは初めてで、友人も住んでおらず、周辺の地理も分からない中、とりあえず改札を出てタクシーを探すことにしました。
(今思えば、天神橋六丁目に住む親友に助けを求めるべきでしたが、当時はその発想が全く浮かびませんでした。笑)
どちらの改札にタクシーがいるのかも分からず、直感で選んだ改札はハズレ。人通りも少なく、ガランとした雰囲気に不安が募る中、向こうから歩いてきた両親くらいの年齢の夫婦に声をかけました。
「すみません、タクシーを探しているんですけど、この駅で降りたのが初めてで…」
すると旦那さんが「タクシーは踏切を渡った反対側の改札あたりにいると思うけど、どうしたの?」と聞いてくださり、事情を説明。
「お金をおろせなくて、所持金が少ないんです。でも、クレジットカードでタクシーを使えば帰れそうなので…」
お礼を言って別れ、教えてもらった場所に向かいました。
踏切を渡り、しばらく進むとタクシーを発見!
ドアをノックして開けようとしたその瞬間、さっきの旦那さんが
「おーーーい!」
と追いかけてきたんです。
驚く私に旦那さんは、「ウォーキング中でポケットに500円しかないけど、これで阿波座まで帰れるやろ?」と渡してくださいました。
さらに、その後から奥さんも駆けつけて、
「ちょっとあれから二人で話して、500円しかないけど渡そうって決めたの。タクシー代も結構かかるでしょ?あなた、一生懸命頑張ってるみたいだし!うちにも同じくらいの子供がいるから、なんか放っておけなくて…」
(実際は大阪弁で話されていたのですが、ここでは標準語で書きます)
まさかの展開と驚きと、そして何よりお二人のその優しさに感動して、涙が溢れました。
「この500円はどうしても返したいので、連絡先を教えてください!」とお願いしましたが、二人は教えてくれませんでした。その代わり、
「今日のあなたみたいに困っている人を見かけたら、その人に手を差し伸べて。それが私たちに返したことになるから」と言って、改札まで見送ってくれました。
「お釣りでジュースでも飲みなさいね」とまで言ってくださり、またここでもどんどん出てくる涙。
踏切を渡り、お二人が追いかけてきてからというものの、涙が止まりませんでした。
電車の中でも泣きながら、なんとか無事帰宅できました。
その後、あの時の私と似た状況の人に出会うたび、このご夫婦のことを思い出し、少しずつ恩を返してきいる気がします。
人生のピンチの時、こんな素敵なギフトが訪れることがあります。このご夫婦の顔も忘れてしまったし、ほんの数分の出来事でしたが、あの日の約束は一生忘れません。
この文章は、私が2016年の夏に別のブログ媒体で書いた記事を編集したものです。
20年以上も前の出来事ですが、当時出会ったおじさんとおばさんの顔こそ忘れてしまっても、その優しさや言葉がけ、おじさんが走ってきたときの空気感、遮断機の音、そして「え、これはドラマ?」と思うくらいの絶妙なタイミング──すべてが鮮明に心に残っています。
交わした約束も、お二人が忘れていたとしても、私にとっては一生忘れられない大切な出来事です。
ほんの数分の出会いでしたが、私にとっては人生に影響を与えるほどの出来事でした。
実は、この約束がふっと思い出され、2016年4月末、私は大阪マラソンのチャリティランナーにエントリーしました。この決断を後押ししてくれたのも、阪急淡路駅で出会ったご夫婦の存在が大きかったのです。
そんな思い出を忘れないよう、noteにも改めて編集しながら記録を残していく予定です。
人に傷つけられることもありますが、それ以上に多くの人に助けられて生きていることを、私はこのエピソードから感じました。
この記事を投稿したかった理由は、最近、SNSで公共スペースでの揉め事などが拡散されるのをよく目にするからです。だからこそ、知らない人から助けられ、その影響を受け続けているというエピソードを、こっそりでもここに残しておきたいと思ったのです。
ちなみに、この話にはまだ続きがあります。それは、またいつかお話ししますね。
読んでくださり、ありがとうございます!
余談ですが、この出来事から5年後、阪急淡路駅の近くに住む先輩夫婦が、当時の私にとって「大阪のお父さん・お母さん」のような存在になりました。その後3年間、地元に帰ってからも阪急淡路駅を訪れる機会があり、不思議なご縁が続いていくことになったのでした。
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![hiro| KOTOBASHIYA](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/168453479/profile_9f8cd7e797c00fa1d5cbcf9a87e96657.png?width=600&crop=1:1,smart)