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WIREDの「THE WORLD IN 2025」を読んで2025年のテック業界について考えた。

昔からWIREDという雑誌が好きでよく読んでいます。特に年末特集号は翌年に世界で起こることを予測した記事が多いので面白いです。 昨年末はテック業界の2025年はどうなるか知りたくて、2024年の年末特集号を入手して読んでみました。この記事ではこの年末号を読んで、テクノロジーについて学んだことや考えたことを書こうと思います。


Apple Intelligenceとプライバシー保護

2024年のテック業界の話題と言えばとにかくAIが急速に普及し、すっかり浸透したことではないでしょうか。アップルも然りで、2024年6月、全製品にAIが搭載されると発表しました(現在は一部のデバイスとソフトウェアで英語でのみ利用可能。2025年には日本語にも対応する予定)。

ティム・クックをインタビューした記事「ティム・クック、アップルとAIの未来を語る」では、このアップル製AI、Apple Intelligenceについて詳しく述べられています。そのなかで強みとなりそうなのがプライバシーの保護です。

アップル製AIの最大のセールスポイントは、クック就任後のAppleがアピールするプライヴァシー保護の強化だろう。

Wired「THE WORLD IN 2025」p.009

AIがいくら便利だからといって、生活や仕事のあらゆる場面で使えば、それらに関連したデータをすっかりAIに委ねることになります。ちなみにChatGPTの開発元であるOpenAIの利用規約には次のように述べられています。

本コンテンツの使用 当社は、本サービスの提供、維持、開発、改善、適用法の遵守、当社の規約及びポリシー等の履行請求、及び本サービスの安全性の維持のために、本コンテンツを使用する場合があります。

OpenAI 利用規約

本コンテンツというのは、ChatGPTへのインプットとアウトプットのこと。OpenAIはインプットの所有権はユーザーにあるとしながらも、この規約に従えば学習を含め、さまざまな用途にインプットを使えることになります(ただしエンタープライズプランにしたり、オプトアウトしたりすれば、データは学習に使用されません)。

AIに自分の個性やスキルを学習されるのは嫌だなあと思うのはわたしだけでしょうか。また、無料版を仕事で使うなら情報漏洩の責任を問われるかもしれません。

その点、アップル製AIツールの大部分はデバイス内で動作し、データがクラウドに送られることはないそう。これはアップルユーザーとしてとても嬉しい話です。

AIを「修理する権利」

AIにはプライバシー保護の問題に加えて、権利の問題があります。AIが学習に使うデータについては、正直法律が追いついていない気がします。例えば日本では、AI開発・学習段階での著作物の利用は原則として著作権者の許諾なく行うことが可能。これではAIの開発者に有利すぎる、フェアじゃないと感じるのはわたしだけではないようです。

非営利団体「Human Intelligence」の創設者ラマン・チョードリーはAIには力関係の問題があると言い、次のように語っています。

人々は、この技術が多くの場合、許可を得ないまま自分たちのデータに基づいて構築されていることを理解しています。AIに対する社会的な信頼が低下していたとしても不思議ではありません。ピュー研究所の最近の調査によると、米国人の半数以上がAIに対して期待よりも懸念を抱いていることが判明しています。ロイドレジスター財団の世界リスク調査によると、この傾向は中南米やアフリカ、中東諸国の人々の大多数にも共通していることが明らかになっています。こうしたなか2025年には、人々はAIの使われ方についてより強くコントロールする権利を求めるようになるでしょう。

Wired「THE WORLD IN 2025」p.022

こうした権利の実現方法の一つとして彼女が挙げるのはレッド・チーミング。倫理的ハッキングといわれ、サイバーセキュリティでも活用される手法であるレッド・チーミングは、大手AI企業が自社モデルの問題点を見つけるために使用している方法だそう。AIの問題を見つけたら自分で解決するという、AIを「修理する権利」はまだ抽象的なアイデアだそうですが、Human Intelligenceは実現のための素地を整えているとのこと。

24年は世界がAIの浸透と影響力に目覚めた年でしたが、2025年はわたしたちが権利を要求する年になるでしょう。

Wired「THE WORLD IN 2025」p.023

そうなるといいなあと思います。ただAIの力関係の問題を解決するには、AI自体を「修理する権利」を人々が手にするための技術だけじゃなくて、AIに関する法の整備が必要な気がします。

ブロックチェーンとアイデンティティ

AIは写真のような画像やまるで人間が書いたかのような文章を生成することがありますが、これらは当然、現実世界で問題となることがあります。つまり今オンラインの世界では何が「本物」なのかわかりにくくなっています

SNSなどで「AIが生成」というラベルを付けるように推奨されたり、AI生成かどうかを判別するツールとしての電子透かしが登場してはいますが、まだまだ十分ではないでしょう。

Web3投資部門「a16z crypto」を率いるクリス・ディクソンは、所有権を担保するものであるブロックチェーンが、基本的な所有権であるアイデンティティを担保すると言います。

ブロックチェーンが担保できるもうひとつの基本的な所有権は、アイデンティティだ。もしあなた自身が本当に本人なら、そのことを証明する声明書に暗号技術を用いて署名できる。そうすれば第三者に頼ることなく、自分のアイデンティティをウェブ上で"持ち歩ける"ようになるかもしれない。

Wired「THE WORLD IN 2025」p.026

ウェブ上でマイナンバーカードとかパスポート持ってる感じでしょうか?

1990年代には、あなたがイヌだったとしても、ネット上の誰も区別できなかった。ブロックチェーンでアイデンティティが担保されるようになれば、あなたがイヌやボットなら確実に区別できるようになる。2025年には、それらの技術の進歩のおかげで「人間であることの証明(Proof of Humanity)」がネット上でより多く見られるようになると、わたしは見ている。

Wired「THE WORLD IN 2025」p.026

最近ではよく歪んだ文字を読んだり、パズルを解いて、人間であることを証明しますが、もっとスマートに本人証明ができるようになるかもしれません。

また今年は、オリジナルのデジタルコンテンツの記録を改ざんできない形で作成するためにブロックチェーンが利用され、ディーブフェイクに対する防波堤になるだろうとのこと。

開かれたインターネットの理念はブロックチェーンが受け継ぐようになる。この技術が2025年には大手テック企業から権力を奪い、それをユーザーが取り戻し始めることになるはずだ。

Wired「THE WORLD IN 2025」p.025

確かに今のインターネットってなんだか大手テックに囲われて支配されている感じです。無料で使えてもルールを決めるのは大手テック企業。ユーザーは広告を見せられ、アルゴリズムに踊らされます。果たしてブロックチェーンがこの状況を変えるのでしょうか。

ビッグテックの終焉

通信内容が暗号化されるメッセージアプリ「Signal」を運営するSignal Foundationのプレジデント、メレディス・ウォテカーは2025年がビッグテックが終焉する年になると言います。

その理由のひとつは、現在のビッグテックのビジネスモデルがもたらす副作用があまりに明白で無視できなくなったこと。対立政党や主流の評論家、テック業界の巨人たちもが声を上げてビッグテックを批判しているそう。莫大な権力を少数の手に集中させると良い結果は生まれない、2024年に起きたCrowdStrikeに端を発したシステム障害がその証拠だと言います。

もうひとつの理由は、これらの企業が大きな賭けに出たAI市場の勢いが失われ始めていること。ゴールドマン・サックスやセコイア・キャピタルといった大手投資家が懸念を抱くようになり、AIへの大規模な投資と、AIビジネスモデルの市場適合性の低さや低調なリターンとの間にある乖離について、公に懸念を表明したそう。

AIのプライバシー侵害に人々が気づき始め、プライバシーへの関心が高まっていることは、「Signal」のユーザー数が持続的に増えていることからもうかがえるそう。そんななか欧州では、オープンソース開発者や統治の研究者、テック業界の政治経済の専門家たちが集まり、独立した中核技術に基づくインフラの構築を模索する取り組みが進められ大資本家たちは批判の輪に加わるだけでなく、新しいパラダイムへの投資も模索しているとのこと。

面白いなと思ったのは、情報インフラに国家資金を分配しつつ、完全に独立管理される仕組み。

これに対してドイツの「Sovereign Tech Fund」のようなプロジェクトは前進への道筋を示しています。これは国家資金をオープンソースの中核インフラに分配する手段ですが、完全に独立管理され、支援対象の取り組みと国家との間で緩衝材の役割を果たしています。

Wired「THE WORLD IN 2025」p.031

一見理想的ですが、国をまたいだサービスだとどうなるのか気になります。

2025年にはビッグテックの終焉が新しく活力に満ちたエコシステムの始まりになるでしょう。

Wired「THE WORLD IN 2025」p.031

全然そんな予感がしないのは、わたしが状況を知らなさすぎるせいなのか、それとも日本に住んでいるせいなのか。そう思いつつ、とりあえず「Signal」をダウンロードしてみました。

プロソーシャル(社会志向的)メディア

この年末特集号で読んでて一番わくわくしたのは、台湾発のデジタル発展省大臣を務めたオードリー・タンの記事です。現在のソーシャルメディア(電子掲示板+ブログ+SNS)に感じる閉塞感や不満が払拭されるかもと希望を感じました。

2025年には、「プロソーシャル(社会志向的)メディア」と呼ぶべきものが採用されていくことで、より共感的で包括的なソーシャルネットワークの基盤づくりが始まることになるだろう。これはユーザー間の「アテンション(注目)」だけでなく、相互理解を促進するメディアだ。あらゆる声に力を与えながら、異なる意見に耳を傾ける能力を育むメディア。そして、市民がデジタル公共圏を積極的に形成できるようにするメディアなのである。

Wired「THE WORLD IN 2025」p.033

すばらしいビジョンです。これが実現できれば、世界が平和になるような。

プロソーシャルメディアの重要な側面の一つは、誤解を招く可能性のある情報に対して、ユーザーが協力してコンテクストを追加できる機能で、それによって情報に基づいた議論が促されるからだそう。

既に台湾ではこの概念を、市民によるファクトチェック機関「Cofacts」が発展させてプライベートグループ内のメッセージにもコンテクストを追加できるようにし、2017年にシヴィックテックコミュニティ「g0v」によってプラットフォーム化、2019年にはタイでも採用されているそう(現在はLINEにもCofactsを追加してデマ情報を検証できます)。しかも、コーネル大学の研究によると、Cofactsは誤情報の問い合わせに対してプロのファクトチェックサイト並みの精度でより迅速に対応できているとのこと。

現在のソーシャルメディアは一部のテック企業に過度にキュレーションの能力が集中していますが、プロソーシャルメディアは分散型のSNSプロトコルを採用し、異なるSNS間をコンテンツがシームレスに流通できるようにしているそう。例えば「Fediverse(フェディヴァース)」は、メタ・プラットフォームズのSNS「Threads」や分散型SNS「Mastodon」、WordPressなどを含む相互接続可能なソーシャルメディアプラットフォームのこと。昨年2月には別の分散型プラットフォームの「Bluesky」も一般公開されました。

分散化は、ユーザーが自身のデータとオンライン体験をより強力にコントロールできる、より民主的なインターネットを実現する可能性を秘めている。

Wired「THE WORLD IN 2025」p.056-057

ぜひこの変化を体験してみたいなと思い、早速Mediumサーバー(インスタンス)でMastodonアカウントを作成してみました。英語でつぶやくTwitterみたいな感じで使えたらいいなと思っています。

もう一つ面白いのは、プロソーシャルメディアにおけるAIの活用方法。

このアテンションエコノミーから抜け出すには、デジタルプラットフォームの設計そのものにも大胆なイノヴェーションが必要になる。2025年、わたしたちはAIシステムを使って理解を促進し、分断を埋めるコンテンツを優先的に表示することで、対立ではなく真摯な対話を育むデジタル空間の構築を始めることになるだろう。

Wired「THE WORLD IN 2025」p.057

既に例えば、思いやりや敬意、好奇心といった価値観に基づいてソーシャルメディアの投稿やコメントを評価するAIツールが開発され、このような価値観でコメントや投稿をランク付けすることで、ユーザー間の敵意が大幅に減少することが研究で示されているそう。こういうソーシャルメディアでは炎上も起きないのかもしれません。

2025年には、新しい波となるプロソーシャルメディアのプラットフォームが、ついにオンライン上に生じた分断を橋渡しするようになる。そして、わたしたちを結びつける共通点に光を当てることになるだろう。

Wired「THE WORLD IN 2025」p.057

こうなったらいいなと心底思います。現状に不満を言うだけじゃなくて、理想の姿をしっかり考えて、そちらに向かって変化が起きるように行動する。この、ソーシャルメディアの民主化とも言うべき変化に向けて何ができるのか、プログラマじゃなくても、わたしたち一人ひとりが考えて行動を起こすことが、プロソーシャルメディアに人を集まって、インフラとして機能し、オンライン上の分断を埋める未来を招き、現実世界をも良い方向に変えていくのかもしれません。

まとめ

長文になってしまいましたが、いかがだったでしょうか。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

2024年にはAIの問題点が浮き彫りになりましたが、2025年は解決に向けた動きが始まるのかもしれません。また、ビッグテックが支配するオンラインの世界が民主化に向けて大きく変化していくのかもしれません。ユーザーとして賢い選択をすることで、こうした変化に少しでも貢献できたらいいなと思いました。

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