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『ゲーム』のひとり立ち

私自身を『ゲーマー』だと思ったことはない。

え。こんなにゲームのこと話してるのに?
って感じかもしれないけど。
『ゲーマー』の定義って、単純に『ゲームする人』でもいいかもしれないけど、なんとなくイメージ的には『ゲームたくさん遊んでいる人』って感じだ。
ゲーマーと自己紹介する人が目の前にいたら、「ゲームやったことある人?」というより、「あ、そこそこやってるんすね。」と思う人が多いと思う。
その『たくさん遊んでいる人』に、どうしても自分が入れられない。
自分程度じゃ『たくさん遊んでいる』うちに入らない。
やらない人よりは『遊んでいる』方かもしれないけど、『ゲームをめちゃくちゃやっている人』よりは全然やっていない、と思っている。
なので、ゲーマーと名乗ったことはほとんどない。便宜上、ゲーマーと言った方が楽なのでそう言う時もあるけど。


私がゲームの話をするときに度々登場する母。
現在すでに古希を迎えているが、ゲームのプレイ時間は減るどころか、むしろ盛んになる一方だ。一応仕事をしているとはいえ、子育てが完全に終わった前期高齢者の有り余った時間をほぼ全てゲームに注ぎ込んでいる。なんて羨ましい。
私が生まれた時にはすでにファミコンで遊びまくっていただろう母。物心ついた時からそんな母をずっと見ていたから、「母に比べたらまだまだ全然ゲームやってない方だよな…」とずっと思い続けて育ってきた。

世代で全然ゲームとの関わり方が違う、と思う。
私の母のように、ファミコンが発売された時にすでに大人だった世代は、ゲームを買うのも自分の意思で好きにできる(当時、高かったけどね…)。そういえばディスクは書き換えだったな。なつかしっ。
ただ、出始めだった時もあって、そこまで普及してなかったと思うから、プレイ人口はわずかだったかもしれない。そういえば、うちの母の母もゲーム好きだったな。

それから下の世代。うちの姉くらいの世代は、物心着く頃にファミコンが発売されていた。姉は毎日、ファミコンソフトで遊ぶのを楽しみに小学校から帰っていたらしい。後々クソゲーって言われてるタイトルもあったけど(笑)。
姉はファミコンからRPGをしっかり遊んで、ドラクエもちゃんとファミコン版で4までクリアしてて。姉くらいの世代だと、少し子どもたちの中でも浸透していたものの、主に男の子たちがやっていたようなイメージだ。中学(女子校)に上がっても、仲良くなった友達はみんなゲーマーばかり。

で、さらにちょっと下の私世代。
生まれた時にはすでにファミコンが目の前にあった世代。
スーファミの思い出が強いが、ファミコンでも遊んでいた覚えは結構ある。ピンボールだってファミコンウォーズだってやってたし、ディスクシステムのバブルボブルを姉と一緒にやるのが大好きだった。
ただ、リンクの冒険とか、ファミコンのドラクエとかも、見よう見まねでやっていたのは覚えているけど。小さい子どもじゃ、ストーリーもギミックも理解できない。
だから、小さい時はマリオとか、ドラゴンスピリッツとか、ギャラガとか、ぷよぷよとか、そんなのばかりだった気がする。
私がRPGである聖剣2、FF6、DQ5をプレイしクリアできるようになったのが小3、4くらい。
私の世代もまだ女子はそんなにやってなくて、ゲームをやっているのは男子ばかり。だから、私も中学(女子校)でできた友達はゲーマーばっかり。
ゲームが悪いものって風潮がある頃だったな。ゲームをしていると「ヲタク」と思われてしまうので、表向きの趣味は『お菓子作り』にしていた。

そこからさらに下はまたちょっと違ってくるだろうけど、身近にいないのでどういう感じかわからない。
ただ、私の子どもの世代になってくると、ゲームはもはや子どもの遊びの1つとして完全に受け入れられている感じはある。
あまりゲームに触れてこなかった、私と同世代の親たちは、ゲームは「頭が悪くなる」という風潮があった世代だから、それの影響でなんとなく「ゲームはそこまでやらせたくない」と思いつつも、現代っ子は男女関係なくゲームに親しんでいる家庭が多いので(仕方なく)子どもにやらせてる、というパターンが多い印象だ。
ゲーム持ってる、持ってないの格差が今の子たちにはあまり感じない。もちろん、様々な事情で買えない(買わない)、という家庭も多くいるとは思うけど。

ゲームって子どもにとっては今も昔も高価なもの。
だから基本、『家にあるゲーム』しかできないんだよね。
だから、親の影響を受けてしまいがちだ。親がやりたくて買ったゲームだけをやる。それでもゲームが趣味の母だったから、私の子どもの頃は、他の家庭に比べればゲームの本数はかなり多かったと思うけど。
大好きなマリオカートやスマブラは、今でこそ、そこそこ遊んでるし大好きだけど。昔はほとんどやったことなかった。私が子どもの頃に遊ばなかったのは、親が買わなかった以外に理由がない。家にあったら絶対やり込んでたと思う。

私が自分でゲームを買うようになったのは高校生に入ってから。
GBAのファイアーエムブレム、逆転裁判、ポケモンや、PSの幻想水滸伝を自分で買ってプレイしているので、すごく思い入れがあるし、やりこんでいる。
この辺りが私にとってゲームで「一人立ちした」と言える頃だ。
母の影響を受けずに自分がやりたいもの買ってプレイしたゲーム。
現に、このあたりのタイトルで、母がやっていないものも多い。

だから、辿ってきたゲームに、偏りがあるなぁ…あれもこれもやりたかったのにやれなかったなぁ…こんなんじゃゲーマーって呼べないな…。
なんて心の中ではいつも嘆いているのだが、家になかったんだから、まだ未就学児や小学生だったんだから仕方ないわけで。
誰に言い訳してるのかわからないけど。
でも、なんとなく悔しい気持ちがずっと残っている。

一人立ちした割にまだよちよち歩きな私…。
つい一昨日にも、FF14で行き詰まって母に攻略を聞いたところだ。

『ゲーマー』ってほんとは言いたい。
名作シリーズを抜けなく全部遊んだら、自分のことをゲーマーって呼んでもいいかなぁ。
おばあちゃんになるまでに、自分をゲーマーって思える瞬間来るかなぁ。
母を超えるくらい、ゲームしまくれるかなぁ。

辿ってきたゲーム歴の別バージョンを書きながら、そんな感傷に浸ってしまった今日この頃。

ありがとうございます。ぺこり。

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