自衛隊に幽霊が出るのはなぜだろう?

画像1 noteの使い方を未だよく判らずに始めて、何を書いたら良いのか迷走中であります。自衛隊記事はよく読まれているようですが、「スキ」は自衛隊怪談が多いようで、フォローしてくれたのは怪談好きの方が多いです。私は心霊スポットとかには行かないけれど、自衛官時代は心霊スポットのようなところを仕事として深夜に見回りをしたり、事故物件のようなところに仕事上の義務として強制的に劣悪環境で住んでいたこともありました。昭和の冷静時代の北海道の自衛隊は最前線で古い隊舎の狭い居室に16人も押し込められ全て2段ベッドでしたからね。
画像2 天井には先輩の洗濯ものが干されて、上の段のベッドには若くて下の階級の者が眠るようになっていましたから。下の階級の者は上の古参の隊員に奴隷のようにこき使われる時代でパワハラなんて概念も無かった時代、パワハラそのものの組織だったからね。時代も平成となり環境もそんな劣悪なものから二段ベットはなくなりシングルベッドとなって外出も緩和された。自衛官時代一番辛かったのは外出が自由でなかったことだ。なので昭和の頃は新兵には外出なんて出来る訳も無く・・・・
画像3 24時間365日先輩のいじめに遭う・・・いや愛情あるご指導を受けるのである。そりゃ団体生活で古参の隊員とは先輩後輩というだけでなく階級社会ですからね。自衛隊は軍隊じゃなくても軍隊組織であるし、戦闘職種の戦車部隊ですからそれはそれは厳しかった。今なら大問題となるようなことも日常的に当たり前に起きていた。そんなんだから逃げる者も退職する者も多かった。私と一緒に配属された同期は逃げてしまって退職していった。そんなところだから自〇も多く、恨んで亡くなったりした者の怨念が隊舎内に満ち満ちていたとしても不思議じゃない
画像4 そりゃ幽霊だってでるでしょう。通常駐屯地には殉職者隊員の殉職碑があるものだが、私が当時居た駐屯地には殉職者も多いのに慰霊碑は現在も無い。狭い駐屯地だからなんだろうが・・・。元消防隊のあった建物に「顕彰室」として殉職隊員の遺影を収められた部屋は作られたが普段から鍵がかけられて参拝もできないし、殉職した者しか慰霊されていない。某駐屯地には幽霊が物凄く出て「幽霊の慰霊碑」が隊舎の舎後に建立されている部隊もある。私が過ごした時代の幽霊が出た隊舎は今は取り壊されて無い。
画像5 しかし、その幽霊たちの怨念や魂はどこへ行くのだろう?取り壊し前たくさんの御札が各部屋から出たという話は聞いている。新しい隊舎が出来て引っ越しした際に幽霊も各々引っ越ししたのかな?それにしても事故物件の怪談は数あれど一つの建物の中に各部屋に出るなんて、そんな「事故物件」なんてあるのだろうか?。もっとも居室で自〇はそうそうないだろうけれど・・・。「心理的瑕疵物件」ではあるね。自衛隊に幽霊が出るより怖いのは目の前にあるリアルな自衛隊生活の方が怖いからあまり表にに出て来ないのかも知れない。

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