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自衛隊怪談「十字鍬」

演習中のことである。

私は74式戦車の操縦手、装填手に「見える男」S1士が下に就いた。

夜間、防御のために「戦車掩体」を掘ることとなった。
戦車掩体とは人で言えば「個人掩体」つまり「タコ壺」の戦車版である。

戦車が隠れる穴を掘るのである。
当然人力で・・・、1個戦車小隊で最低8個は・・・。

ドーザーなどの器材で掘ることは基本無い。

そして小隊全員で掘ることも決してない。

戦車の直接警戒、歩哨、無線傍受、偵察斥候、作戦会議に安全係・・・その他の人間で穴掘りって・・・・3人くらい.?4人もいれば上出来だ。

乗員3名の90式戦車がいかに大変なのか想像できるであろう。

通常拠点に入ればやることをやったら歩哨を残して休息し睡眠をとるのが大事なのだが・・・。

防御戦闘では掩体を掘り敵戦車を迎え撃つ。
当然撃ったら、同じ場所にい居ないのが基本、陣地変換するので掩体は1輌につきもう一つは必要になる。

戦車乗りなんて格好なんて良くない、汗と油と埃にまみれ、戦車から降りたら穴掘りだもん。

「おい!Sよ、戦車から十字持って来い」と指示する。
十字とは「十字鍬(じゅうじしゅう)」のことで戦車の土工具の一種で、民間でいう所の「ツルハシ」である。

地面を掘ると円匙(えんぴ、剣先スコップのこと)で穴掘りしていると堅い物に当たって掘れないこともよくある。

十字の使い方も慣れた者とそうでない者が扱うと全然違う。

Sはまだ自衛隊に入って1年ちょっとなので経験を積ませるのに十字で掘るのを指示した。

慣れない手つきで汗を書きながら十字を振り上げる。

するとSは言った「あっここはいかん」と。

「どうした何かでたか?」と言って近ずくが「あっ・・いえ・・アレですアレ・・・」と言葉を濁す。
「なんだ、疲れたのか、しかし敵は待ってくれんのだから今晩中に掩体掘って早く終わらせるぞ」と言って作業を続けた。

いくら急いでも休憩は必要だ、小休止を命じ休憩する。

「Sよアレって何だ?」と聴く「班長、ここやばいですよ」と言う。
「やばいって何よ、またアレか?」と手首をだらんと下へ向ける。

Sは頷いた。

「そうだな、ここは昔戦車の事故で砲尾に挟まれて殉職した隊員が居た場所だし・・・」と言ったが「その人だけじゃないですよ」と言った。

まだ他にもいるの・・・なんだよ・・・気持ち悪いな・・・・未だ作業終わってないのに・・・。

「その事故で殉職した人もその人達に連れられてしまったようです」と言う。
「え・・・嫌なこと言うな・・・どうしたらいい?」

Sは払えないというが・・・十字を持つと「寄るな!あっちへ行け!」と振り回した。
その場に居た他の戦車の乗員はびっくりしていたが「S狂ったか?」と思ったそうだ。

Sは、「これでちょっとは大丈夫です、さっさと掘って移動しましょう」と言った。

十字鍬で霊をどけた?まぁそりゃ人間でも除けるわな・・・。

演習後「Sには十字持たせるな、何かいろいろあるのか?お前が相談に乗ってやれ」と隊付き准尉に言われたのを覚えている。

まさか幽霊を十字で除けたなんて言ったら病院へ行くように命じられちゃうから黙っていた。

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