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地獄温泉の和朝食のシメにフレンチトーストが出てくるワケ

テーブルの真ん中にある小さな囲炉裏に網を乗せ、鮭やししゃもを炭火焼きに。その隣では鍋のみそしるが湯気を立て、鉄板では目玉焼きがこんがりと焼けています。

さらには、旬な食材を使ったスムージーや地元の美味しいヨーグルトなどもいただけるのです。

そんな理想の「旅館の和朝食」を絵に描いたような朝ご飯の締めくくりは……シェフ自ら炭火で焼くフレンチトースト??

熊本にある地獄温泉の宿「青風荘.」でいただいた朝食にまつわるストーリーがなんとも心震えるものだったので、シェアしたいと思います。

うちは朝ご飯がメインです

青風荘.は、200年を超える昔から愛されてきた、南阿蘇の地獄温泉にある家族経営の旅館です。
https://jigoku-onsen.co.jp/

夫が熊本で開催されるマラソンに出場することになったので、その日程にあわせて、前から訪れてみたかった青風荘.に宿泊することにしました。

宿泊した日の夕食時に、スタッフさんが教えてくれました。
「うちは、朝ごはんがメインです。明日は昼ご飯いらないと思います!夜までお腹いっぱいだと思いますよ!」
経営者が料理人だからこそ料理には格段のこだわりを持っている、とのことなのです。
期待は高まり、翌日の朝を迎えました。

あれもこれも食べてお腹いっぱいになったころ、最後に美味しいフレンチトーストがあることを知りました。
食べられるか不安でしたが、せっかくだから……と注文することに。

注文が入ると、シェフがオープンキッチンで作りはじめ、炭火で焼いてくれるこだわりぶりでした。

河津 誠さん

焼き上がったフレンチトーストを、シェフ自ら、私たちのところへ持ってきてくれました。
そして、このフレンチトーストの誕生ストーリーを話してくれたのです。

「このパンはここから15分のところにあるパン屋で焼いたものでして……」

そこのパンのこだわりや、店主の人柄について詳しく話してくれました。

フレンチトーストの始まり

シェフとそのパン屋の店主との出会いは、2016年4月に九州地方を襲った熊本地震のときのこと。

この温泉も、熊本地震直後の土石流で建物の約8割が土砂に埋まるほど、壊滅的な被害を受けたのだそう。避難した場所で偶然隣り合わせになったふたりは、

「私は、旅館でフレンチをしている」
「私は、パン工房でパンをつくっている」

とお互いの仕事のことも話したそうです。
それまでは、近くに住んでいたにも関わらず、お互いのことを全く知らなかったのだとか。

出会った当初、つまり震災直後は、心が折れて自分たちの旅館やパン屋を再開する気になれなかったというシェフとパン屋のご主人。

「でも、震災から時が経ち、お互いもう一度頑張ろうと立ち上がったときにできたコラボメニューが、このフレンチトーストなんです。この話を聞いた後にフレンチトーストを食べると、より美味しく感じますよ!」

シェフはそう言ってにこりと笑い、立ち去りました。

私はそのストーリーに心をぐっと掴まれ、余韻に浸るように、お皿に残っていた最後の一口のフレンチトーストをゆっくりと味わいました。

もうお腹はいっぱいだったけど、もう一度フレンチトーストを味わいたくなり、再度オーダー。

シェフに話の続きを聞きました。

福島の経営者たちが教えてくれたこと

再びテーブルまでフレンチトーストを持ってきてくれたシェフに、私は尋ねました。

「また頑張ろうって思えた、そのきっかけは何だったんですか?」

するとシェフは答えてくれました。

「震災から2年が経った2018年頃のことです。福島に暮らす知り合いが、私のことを気に掛けて福島に招いてくれ、2011年の東日本大震災で被災した、福島の中小企業の経営者の方々の話を聞く場を設けてくれたんです。

そこで5年先をいく人の姿を見て、こうして先に頑張っている人たちがいるから自分も頑張ろう、大丈夫って思えました」。

しかし、そのように思えるようになるまでには、時間がかかったのだそうです。

「被災直後は、負けるか、なんとか立て直してやる、という気持ちでした。けど、実際に心が折れ、一番きつかったのは2年後、報道もなくなったあたりからです」

震災による損害額が現実的に見えてきたのがこの頃で、再建には25億円かかることが分かったのだそうです。

復興にはお金と人手がかかる。
当時はオリンピックもあり、価格が2倍、3倍と高騰していった。

国から復興支援金が出たものの、本当に復興したい一心で支援金で仕事を請け負ってくれる人もいれば、支援金を上手に引っ張る悪い人もいる、という状況だったそうです。

そんな中、福島の知り合いの方が連絡をくれたのは、ご自身の経験から、震災後2年経った頃に陥るこの厳しい状況を察してのことでした。

「じゃあ、今暇だろう」と言われ、
福島に来るように誘ってくれたそうです。

しかしそこで話を聞いた経営者の方々は、口を揃えて、5年経ってもうまくいかないと言っていたそうです。

ビジネスでは
"誰のために何をするか”が大事だけど、
その”誰”がいない、
そもそもコミュニティがない。

しかし、そこから復興しないといけないー聞こえてきたのは、実体験に基づく、リアルな声でした。

でも、5年先を行く経営者の方たちが一歩ずつ階段を上っている姿を見て、先が見えた、とシェフは感じたそうです。

「復興はね、心の問題なんです。」

「福島の人たちや、ここに来たボランティアの人たちが喜んでくれるのは、私が同じように誰かのために力になりたいと思い、次の人につなげていくことでした。
そうした人とたちの出会いを通じて、人の温かさを感じ、"自分を助けてくれた人が一番喜んでくれることをしたい”と思い、復興することができました」

シェフはそう力強く伝えてくれました。

理念の先に

シェフにはこれから先のビジョンがあるそうです。

「私には、今三ツ星レストランで修行中の息子がいます。60歳になったら、ここは息子に譲って、自分はこれから先に呼ばれた復興先に行き、恩返しがしたいと思っています。
けれど……呼ばれないのが一番幸せですね」

南阿蘇地域の5つの温泉の中で、再立ち上げしたのは地獄温泉だけだったそうです。

あと2つは温泉だけ再開。

この青風荘は、元々60あった部屋が9部屋だけになったものの、7年かけて復興を遂げました。


理念に生きる人のストーリーを聞いて、心が震えました。
こうやって想いを持って志事をしている人のところに足を運びたい、お金を払いたいと私は思いました。

自分が熊本の復興でできることは、また泊まりに行き、食べにいくこと。

そして、このストーリーを広め、たくさんの方がこの宿を訪れることで、シェフをはじめとしたスタッフの方々を喜ばせることです。

理念を掲げ、これまで歩んできた経営者が焼き続けるのは、心もお腹も満たされる、究極のフレンチトーストでした。


大地からエナジーが湧き出る場所

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