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【マーケ大学院生が解説】アップルストアの76度の秘密:五感に働きかける感覚マーケティング

「このお店、入るだけでワクワクする」

こんな経験、誰にでもあるのではないでしょうか?実は、これらの感覚的な印象は、マーケティングの世界では「感覚マーケティング」として科学的に研究され、実は戦略的に活用されています。

📌私たちが日常的に感じている「なんとなく」の印象が、実は綿密に計算された戦略の結果であることが、数々の研究で実証されているのです。

本記事では、アップルストアの76度の秘密に始まり、感覚マーケティングの驚くべき効果と、それを活用した実践的な戦略についてご紹介する。消費者の心を掴む、五感への働きかけ。その奥深い世界をのぞいてみよう。


1.アップルの76度の秘密

あなたは気づいていただろうか。アップルストアに並ぶiPhoneが、ちょうど76度の角度で展示されていることを。

この一見何気ない角度には、実は緻密な計算が隠されている。76度—— この角度こそが、顧客の「触れたい」という欲求を最大限に引き出す魔法の数字なのだ。

アップルの76度戦略は、この感覚マーケティングの代表的な成功例と言える。この角度によって、顧客は自然とデバイスに手を伸ばし、操作してみたくなる。その結果、製品との直接的な関わりが生まれ、購買意欲が高まるのだ。

2. 知覚(Perception)の基本概念

まず、感覚マーケティングの基礎となる「知覚(Perception)」について理解しましょう。知覚は、外部からの刺激を受け取り、処理し、意味づけする複雑なプロセスのことです。このプロセスを理解するために、まず「感覚(Sensation)」と「知覚(Perception)」の違いを明確にしておく必要があります。

  • 感覚(Sensation):感覚器官(目、耳、鼻、口、皮膚)の機能と、光、色、音、匂い、質感などの基本的な刺激に対する即時的な反応

  • 知覚(Perception):これらの感覚情報を選択、組織化、解釈するプロセスのこと

知覚プロセス

上の図は、知覚のプロセスを視覚的に表現しています。このプロセスは以下の5つの段階で構成されています:

  1. 感覚刺激(Sensory Stimuli):視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚からの刺激

  2. 感覚受容器(Sensory Receptors):目、耳、鼻、口、皮膚などの感覚器官

  3. 露出(Exposure):刺激が感覚受容器の範囲内に入ること、消費者が最初にあるブランドの刺激に触れるときである。

  4. 注意(Attention):特定の刺激に対して精神的活動が向けられること

  5. 解釈(Interpretation):刺激に意味を付与すること

例えば、新しい香水を体験するときのプロセスを考えてみましょう:

  • 感覚刺激:香水の色、香り、ボトルの形状

  • 感覚受容器:目で色を見る、鼻で香りを嗅ぐ、手でボトルを触る

  • 露出:香水が視界に入る、香りが鼻に届く

  • 注意:特徴的な香りに注目する

  • 解釈:「高級感がある」「爽やかだ」と感じる

📌大事なことは感覚刺激があれば必ず解釈にたどり着くわけではないということです。特に露出の段階には、様々な要因が影響しているんです。

1. 露出について

曝露は、感覚刺激が消費者の感覚受容器の範囲内に入る段階です。ここでの重要な概念は:

  1. 感覚閾値:

    • 絶対閾値:広告などの刺激を感知できる最小強度

    • 弁別閾:2つの刺激の変化を感知できる最小差

  2. ウェーバーの法則:最初に強い刺激を与えた場合、次の刺激を異なるものと知覚させるためにはより強い刺激が必要になる。

  3. 知覚的防衛:不快な刺激を無意識に避ける傾向

これらを理解し活用することで、より効果的な感覚マーケティング戦略を立てられます。例えば、広告の露出頻度の調整、サイズの調整、店舗環境の定期的な変更などが考えられます。

この知覚プロセスを理解することで、消費者がどのように製品やブランドを認識し、評価するかをより深く把握することができます。感覚マーケティングは、このプロセスの各段階に働きかけることで、消費者の知覚と行動に影響を与えることを目指しています。

3. 感覚マーケティングとは

感覚マーケティングは、消費者の五感に働きかけ消費者の行動に影響を与えるマーケティング手法であり、五感ブランディングとも呼ばれています。

上智大学 研究シーズ 「顧客の感覚(五感)に着目したマーケティング」

4. 五感別マーケティング戦略

各感覚に対するマーケティング戦略と研究結果を見ていきましょう。

視覚(Vision)

📌赤は興奮、青は信頼性と能力を人々に示す(※1)
📌暗い色は消費者に対して「耐久性がある」という印象を与える(※2)
📌鮮やかな色はより商品を大きく見せる(※3)
📌人は丸みのあるものに対して安心感や心地よさを好む(※4)
📌黄金比

・具体例
Coca-Colaは赤色を一貫して使用し、活力とエネルギーのイメージを強化しています。その結果、Coca-Colaのブランド認知度は96%に達し、赤色は同社の強力なブランドアイデンティティの一部となっています

聴覚(Audition)

📌速いテンポは消費者の動きを速め、遅いテンポは滞在時間を延ばす(※5)
📌店舗のBGMを商品やブランドイメージに合わせて選択すると、顧客の滞在時間や購買行動に影響を与える。

・具体例
スーパーでフランス音楽を流すとフランスワインの売上が増加し、ドイツ音楽ではドイツワインの売上が増加する(North et al. 1999, "The influence of in-store music on wine selections")

嗅覚(Olfaction)

📌人によって心地よいと感じる香りは幸せな雰囲気を助長し、店の評価やショッピングに費やす時間を増加させる
📌BGMと香りが一致していると認識する場合、購買体験価値を増加させる

具体例
・シンガポール航空では「Stefan Floridian Waters」と呼ばれる独特な香りを開発して「感覚ブランディング」をさらに高めたそうです。

味覚(Taste)

📌試食の順序効果:2つの好ましい製品では、後に試食した製品が好まれる傾向があり、2つの好ましくない製品の場合では、先に体験した製品が好まれる。

具体例
・スーパーマーケットでの試食順序の工夫

まとめ:複雑な過程を理解する

これらの五感の要因が複雑に絡み合って、最終的な解釈が形成されるんです。例えば、高級ブランドの大きな広告を見た後に香水を嗅ぐと、その香りをより高級に感じる可能性があります。

マーケターとして、この複雑なプロセスの各段階に働きかけることで、消費者の知覚に影響を与え、望ましいブランドイメージや購買意欲を醸成することができるんです。

次回のマーケティング戦略を立てるとき、この知覚プロセスを思い出してみてください。きっと新しい視点が得られるはずです!

出典

1.Labrecque & Milne (2012)
2.Dark is durable, light is user-friendly: The impact of color lightness on two product attribute judgments(Hagtvedt, 2020)
3.Hagdebt&Brazel (2017)
4.Bar & Neta (2006);Jiang, Gorn, Galli, Chattopadhyay (2016)


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