雨月怪談・十三夜月「合わせ鏡」
そのバーでは、雨の日に話が途切れたら怖い話をするというルールがある。
十三夜月の夜、マスターがお客から聞いたのはこんな話だ。
バーに入ってきたのは黒いロングコートを来た背の高い男。ニット帽をするりと脱ぐと、綺麗にそりあげられている。
この男、僧侶だ。年のころはマスターと同じ30前後といったところか。僧侶の方の肩幅が広いのは若い頃にスポーツをしていたせいだろう。
「そう、嫌そうな顔をするなよ、タクミ」
マスターを名前で呼び、カウンターに座る。注文をしなくても、マスターは黙ってウィスキーのロックを出す。
「何を持ってきた? ユキミチ」
「ああ、もうわかる?」
嬉しそうに僧侶は笑った。彼を僧侶の名前であるセツドウではなく、ユキミチと呼ぶのはマスターだけになってしまっていた。
「お前の胸元から光がこぼれている。それは神ものだな」
「あ、なんだ。もう答え出たのか」
「俺を試したのか?」
「別に。神ものか、魔ものか知りたくてもってきたんだが、お前が先に答えを言ったまでだ」
「合わせ鏡か?」
「そう……その片割れ。ということは、相手が持っている方が魔ものか……。ややこしいことになったな」
僧侶は胸元から取り出した包みを開く。中から手のひらよりも大きな鏡が現れた。それを見て、マスターは綺麗な眉を細める。
「くもっている」
「そう本来なら見えるはずがないのに、ときどき見えるらしい。しかも死んだ、いや、これから死ぬ人間の顔が映る」
「便利だな」
「便利だから悪用されてしまった。予言に使われ、インチキ占い師が売れっ子になったんだよね」
「悪意と欲は、溜まるぞ」
「そう。もうひとつの鏡に溜まっていってるんだよね。おかげで、そっちは真っ黒な面になっているらしい」
「手を引け」
「そのつもりだったんだけどねえ」
「バカな男だ」
「え~助けてくれないの?」
「俺が匙を投げたらどうするつもりだったんだ? 命を大事にしろ」
ふたりの間に沈黙が訪れる。外の雨の音が、さーっと響いた。
「――来てる」
マスターが目を伏せたまま告げた。ドアの方を振り向こうとした僧侶を目で制す。
「誰が来た?」
「作った本人だな。使われ方に相当怒っている」
「どうするって?」
「お前か依頼主の命を取るつもりだそうだ」
「困る。まだお前と遊びたい」
そう言われて、マスターは大きく肩で息をついた。
「今回だけだ」
「いつもありがと、恩にきる」
マスターは人差し指で、トンと鏡面をつく。途端、鏡には細かなひびが全面に入った。
「これをもって、一言も口を利かずに川まで走れ。何があっても振り向くな。あいつは何にでも化ける。川に行ったら、鏡を投げ捨てろ」
黙って頷き、僧侶はバーを出る。
同時にバーから重苦しい気配は消えた。
マスターは深夜になるまで店を開けたまま待つ。僧侶が現れたのは、夜中の3時を過ぎた頃――。
静かにカウンターに座る僧侶に、マスターは水を出す。
「何が駄目だった?」
マスターの問いかけに僧侶は薄く微笑んだ。
「お前の姿と声で出た。もう駄目だった」
「馬鹿な男だ」
「お前相手ならどうせ変わらない」
そういうと、僧侶の姿は消える。
マスターはかすかに肩を震わせた後、水の入ったコップを出口に向かって投げつけた。
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