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釜揚げ師走 #毎週ショートショートnote

この地域では年越しに釜揚げうどんを食べる。
俺はそんな町でうどん屋の跡継ぎとして生まれた。毎年年末は予約でいっぱい。いつもの忙しい師走が訪れるとばかり思っていた。

親父が急死したのは春先のこと。3代目として一緒に厨房に立っていたが、親父はうどん作りについて何一つ教えてはくれなかった。毎日背中を見てきたはずなのにやはり同じ味は出せない。それでも年越しまでに必ずあの味を作らなければ。
俺はひたすらうどんを打ち続けた。冷えた手はあかぎれだらけになった。


「そろそろ終わりにしたら?お風呂あいたよ」

妻が奥の自宅から顔を覗かせる。

「予約、何件になった?」

「そんなに焦らなくたって…」

「何件だって聞いてんだ!」

つい声を荒げた直後、風呂上がりの息子が走って来た。


「僕、父ちゃんのうどん好きだよ」

ほかほかの顔に触れると、かつて遅くまで仕込みをする親父を見に行った自分を思い出した。

こんなとこだけ似なくたって…
親父に言われた言葉を思い出しながら息子の頬をつまんで言う。

「茹でたて、もちもちだな」

今年の師走は例年よりゆっくりできそうだ。
でも来年は、必ず。


(465字)



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日野笙 / Sou Hino
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