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96nekotaro
釜揚げ師走 #毎週ショートショートnote
この地域では年越しに釜揚げうどんを食べる。
俺はそんな町でうどん屋の跡継ぎとして生まれた。毎年年末は予約でいっぱい。いつもの忙しい師走が訪れるとばかり思っていた。
親父が急死したのは春先のこと。3代目として一緒に厨房に立っていたが、親父はうどん作りについて何一つ教えてはくれなかった。毎日背中を見てきたはずなのにやはり同じ味は出せない。それでも年越しまでに必ずあの味を作らなければ。
俺はひたすらうどんを打ち続けた。冷えた手はあかぎれだらけになった。
「そろそろ終わりにしたら?お風呂あいたよ」
妻が奥の自宅から顔を覗かせる。
「予約、何件になった?」
「そんなに焦らなくたって…」
「何件だって聞いてんだ!」
つい声を荒げた直後、風呂上がりの息子が走って来た。
「僕、父ちゃんのうどん好きだよ」
ほかほかの顔に触れると、かつて遅くまで仕込みをする親父を見に行った自分を思い出した。
こんなとこだけ似なくたって…
親父に言われた言葉を思い出しながら息子の頬をつまんで言う。
「茹でたて、もちもちだな」
今年の師走は例年よりゆっくりできそうだ。
でも来年は、必ず。
(465字)
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