誰もいない(2)
誰もいない部屋は、私が出て行った状態のまま、そこにありました。まるでそこだけ止まっていた時を再開させた空間が、住人を招き入れます。
とりあえずシャワーを浴びながら、学校の授業を思い出していました。右手に持ったチョークを何度も左の手のひらに落としながら、教師がいいました。
「今日は、このチョークがこうやって落ちますね。明日はどうでしょうか。明日これがこうやって落ちないと、困りますね」。
折に触れて彼は、生徒の前でそれをやりました。それが何の暗示なのか、結局、卒業してもよく分からなかったナァ、と、脈略なく、思い出していました。
シャワーを浴びながら、ヘソを指でなぞってみます。1日、麻痺していた感情に触れた気がしました。
今日は、今日だけは、その器官がそこにあってよかった。自分が彼女とつながっていた時期の証として。
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