料理が持つたくさんの機能のひとつについて思い知らせるベトナム料理店について
全国区で大阪のカレーが取り沙汰される少し前、あまりにもカレーを食べ続けた年があった。
新たに行く店で店主が暇だと「カレー好きなんですか」「他にはどこ行くんですか」と訊かれたりした。
その時点で好きだった店を数軒あげると「いわゆる"現地系"ですね!」と返ってきたことがある。「現地系」と言われたらそうなのかもしれない。「現地の料理を、なるべく自分の地元に近い味で知ってほしい」という動機がある店が好きな傾向があった。
これは、おそらく"モダン""イノベーティブ"と称されるようなジャンルレスを謳うレストランが、結局フレンチでもスパニッシュでもメインに「シャラン鴨」を持ってくるような「新しいことをしようとして陥る凡庸さ」に食傷していたこともある。
しかし、違う土地でオリジナルを求める傾向を「本物」のようにとらえるのはどうだろう、と思うようになる。土地が、水が、素材が違う時点で、同じレシピを守ろうとすることが、かえってオリジナルから遠ざかるのではないか。オリジナルを損なわない、状況に応じた柔軟性があるのではないか。
(この回答のひとつはスペインで修行して函館で店を開いた「バスク」だと思う)
そう考えるようになった頃、前に行ったことがある立ち飲みの店主がやめて、スタッフが店主に変わって料理も変わったらしいよと、別の店で隣の客から聞いた。
以前は店主の出身が京丹後だからと、それまで知らなかった食用米を使った日本酒などを勧めてくれて、楽しかったのを覚えていた(2021年現在では食用米を使った日本酒は珍しくない)。
メニューがどれも少し変わっていて「梨と秋刀魚とディルの生春巻き」は明らかに日本の食材を使ったアレンジにしても組み合わせが美味しそうだし、見知らぬメニュー名も多かった。生春巻きはややもすると「雑に切ったキュウリやキャベツ千切りでかさましした緩い巻き方の河童巻きをチリソースで無理やり食べさせる」ところもあるのだけど、複数の種類をきちっと巻いて、生春巻きが2種あったらソースも2種あることに感動した。しかも別の料理もソースが違う。ナンプラーベースをレモンで割ったり、揚げたソフトシェルクラブには酢がベースで細かい胡椒が浮かべてある。付け合わせのハーブも生き生きしている。
全部スイートチリソースで押し通すようなエスニックとは何もかもが違う。
青パパイヤのサラダ、チャジョー(揚げ春巻き)、バインセオ、ソフトシェルクラブ、生春巻きを頼んだ(※2019年画質)
「すごいですね」と言ったら「だって使ってるものが違うんだから、ソースも違う方が美味しいじゃないですか」とさらっと返ってきた。
プロにこんなことを言うのは失礼だと思いながらも「料理、お上手ですね…」と口から出てしまった。もちろん技術が一定以上だとかいう意図ではない。
「現地への愛と理解はありながら、そのまま提供するには条件がそろわないことを踏まえて、決して勝手なアレンジではなく、自分の身のまわりにある条件で本来の精神を伝えること」に自覚的であるかどうか。その度合いだと口にして初めて気づいた。
食材の、オリジナルレシピを、料理人というフィルターを通して生まれた料理は、翻訳されたものを読むのにも近い。料理は翻訳だった。
のちに、タイとベトナムに留学経験があって食べることが好きな大学生に強く勧めて一緒に行った。
もちろん詳しいので「これは北ベトナムの料理、あれは南ベトナム…」と教えてくれながら「でもちょっと違うアレンジが入っている」と言っているのを店主が拾って「わかりますか!ハノイのエッセンスを加えたらどうかなと思って加えたんです」とにこにこ話していた。
そうしたアレンジや、ソースにナンプラーばかりではなくしょっつるを使っていたりすることにも「現地のレシピそのまま踏襲じゃなくても、ベトナム料理に対して、とてもリスペクトを感じる」と嬉しそうな感想を聞いた。
店主は「希望があれば、ちょっとしたおまかせコースみたいなんもできますよ。お酒も料理に合わせて」と言っていて、その場でコース仕立てにしてとお願いもできそうだった。
でも店は狭いので、できたら予約して行った方がいい。立ち飲みにしては高いと思うけど(あれこれ食べて飲んだら一人5,000円くらい)、満足度が高いので全く違和感はない。
最寄駅は大阪メトロ松屋町
Ethnic bar tam
(Google Maps)
つい最近、いまの店のGoogle Mapsが登録されたけれど、店のInstagramでは前の店名(酒菜の大きに)のジオタグをずっと使っている。
日本酒も前の店主を受け継ぐようにして京丹後のものを入れていることともあわせて、先を行くひとへの尊敬を勝手に感じている。
追記:後日お聞きしたのだが、やはり、前の店主と前の店主時代から来てくれているお客さんへの敬意がジオタグに込められているそうです。
(この写真は2020年だったと思う)
いまは月火水が定休日のはず、お休みは店のinstagramで。
※最近はどんどん「ベトナム料理ベース」からいい意味で逸脱してきて、メニューはないし、ヒアリングしながら出すスタイルが合わないひとは合わないかもしれない。このご時世、初めて行くひとはいきなり訪問しても入れない可能性が高いため、InstagramのDM予約はマスト。予約するならコース仕立てがストーリーを感じられて良い(2022年現在)