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琥珀色の記憶 青蛾

19歳の春、短大に入学し上京した。それまでも、時々東京へ遊びに行っていて、キラキラした街と先取りのファッションと、街中のアートが魅力的に感じ、高校卒業後は絶対に狭い地域から飛び出し、広い東京だと決めていた。

新宿の三越の裏通りに喫茶店があった。「青蛾」といってそこだけ異彩を放っていた。何度も前を通っていたが入る勇気がなかなか出なかった。
それほど変わった佇まいだったが、その日は吸い込まれるように店に入った。
そんなに広くない店内。狭い階段で2階に通されると小さめの黒っぽいテーブルと椅子がいくつか置いてあって、周りを見ると、骨董の伊万里の器にコーヒーや煎茶が出ていた。
私は友達と玉露を頼んだ。
小さな羊羹と共に運ばれてきた。
玉露が何かもわからず、全てがカルチャーショックの茶房。
雰囲気のある客が静かに本を読んだり、コーヒーを飲んだりしている。
その日はどこに身を置いていいのかわからなかった。なんとなく場違いのような気がして落ち着かず早めに退散してしまった。
後になって、もう一度行ってみたいと思った時には店はなくなっていた。
今となってはあの時が最初で最後の「青蛾」体験だった。その1回でもあの店に行けた事実は私の宝物で、私という100のうちの1を形成しているというくらいの体験だったと思う。



新宿に詳しそうな知り合いに、青蛾の話をしたことがあった。
ずいぶん経って、その知り合いから1冊の本が送られてきた。
「琥珀色の記憶 時代を彩った喫茶店」という本だった。昭和30年から40年にかけて新宿にできた、店主の個性と喫茶店への思いを反映させた特色のある店を取り上げている素敵な本。
私の話した「青蛾」は本のいっとう先に掲載され、セイガとよび、1947年に開店し、1955年に新宿に移転。そして1981年に閉店したとあった。


五味敏郎さんという画家さんがやっていたことを知った。
有名な作家や画家、俳優、写真家、etc・・・
たくさんのお客が閉店まで通ったという。

私が、たった1回訪れたそのすぐあとに閉店となったようだ。
やっぱり素敵な時代を彩った店だったことを確信して、嬉しさがこみ上げた。

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