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ICT教育?いいえ、結局は人です。
なんてことない日常のお話です。
学校で使用している学習用端末を、誤って壊してしまった生徒のお話です。
私の自治体の中学校では、1日に平均5件ほど、そんな事例が発生します。
端末が壊れる理由はさまざまです。
机から落として画面が割れたり、
水筒の中身をこぼして水没させてしまったり。
壊れた端末はそのままでは使えません。
そこで、私の自治体では修理や交換を行っています。
ICT支援員である私は、依頼を受けて学校を訪問し、端末を回収します。
その後、修理や交換を担当する専門機関に持ち込み、完了したら学校へ返却します。
端末には、担当の先生がまとめた書類が添付されています。
「誰が」「どのような理由で」「どのような状態で」壊したのかが記載されたものです。
学校に端末を返却する際には、先生から受領のサインをいただき、その後、生徒に端末が渡されます。
今では、タブレット端末は授業や家庭学習に欠かせない「文房具」の一つとなっています。
そのため、端末が使えない期間が長引くと、生徒の学習に支障が出ることも考えられます。
少しでも早く、生徒が安心して端末を使えるようにするため、依頼があれば迅速に対応することを心がけています。
また、取り違えなどのヒューマンエラーを防ぐため、回収や返却の際は丁寧な確認作業を欠かしません。
何より、対応を早くすることで、生徒や先生が安心できる環境を整えたいという思いが一番です。
これまで約8ヶ月間、さまざまな学校を訪問してきました。
その中で、たった一人だけ、私に直接謝りに来てくれた生徒がいました。
「本当にすみませんでした。」
そう言って、頭を下げにわざわざ私を訪ねてきてくれたのです。
その生徒の反省の気持ちは十分に伝わりました。
彼なら、修理した端末であっても、交換された端末であっても、きっと大切に使ってくれるだろうと思いました。
端末が壊れる理由は生徒によって異なりますが、時には友達と悪ふざけをしているときに画面を割ってしまったり、「貸し出されているもの」という意識が薄いと考えざるを得ない不注意による事例も見られます。
スマートフォンの普及により、タブレット端末や電子機器は、子どもたちにとっても「あるのが当たり前」の存在になっています。
ですが、本来は非常に高価なものであり、自費で購入するとしたら、必要性を慎重に考えることでしょう。
そして、購入したものなら、貸し出されたもの以上に大切に扱い、万が一壊れてしまったときのショックも大きいはずです。
あの生徒がどういう気持ちで私に謝りに来たのかは分かりません。
もしかしたら先生に促されたのかもしれませんし、たまたま私が学校に来ていたから謝る機会を得たのかもしれません。
それでも、わざわざ礼儀正しく謝罪に来てくれたこと。
そして、修理や交換を終えた端末を受け取った際の「ありがとうございました」という一言。
それらは、私にとって何よりも嬉しい出来事でした。
少しベタな話になりますが、「ありがとう」という言葉は、漢字で「有難う」と書きます。
つまり、「有ることが難しい」。
タブレット端末が「あるのが当たり前」と感じられる現代で、その「当たり前」を「有難い」と思えるかどうか。
私が教員をしていた頃も、子どもたちに伝えたてきた願いがあります。
それは、「有難いという感覚を忘れないでほしい」ということ。
「有難い」がどういうことかを考えないまま、大人にはなってほしくないです。
もしかしたら現代は、「ありがとう」が有難いのかもしれませんね。