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砂山影二「坊ちゃんの歌集」 2

三行書きで短歌を書き始めた頃の作品です。若さが全面に出た作品が多く、決して上手いとは言えませんが、当時の若者の葛藤が見えてきます。表記については、原本になるべく忠実にしましたが、1でも触れた通り、本来縦書きですので、そこは皆さんの心の中でイメージしてもらえると幸いです。
また、文字下げが多々使われているのも影二の特徴です。啄木の三行書き短歌は行頭は揃っていました。そこを意識して読まれると面白いと思います。

むづかしき父の顔ぞも
 曇り日は、
さびしくなりて街に出て行く。

いかにわが
泣きぬれをれど冷めたくも
見向きだにせぬ君にてありし。

その夜より
君を憎しむわが心、
 月青き夜を泣きあかしけり。

さりげなく友と語りてあれど、
 わが心、
君をうらみてたえられなくに。

君を憎しむ心と、
われと自らをあざける心と、
 月青き夜に。

われを捨てる女もありぬ、
われを慕ふをとめもありぬ、
 九月のなかば。

涙、涙、
涙ながしてわれといふ
 弱き男をあざける日かな。

とある日は
君をうらめど、憎めども、
淋しき心、面を浮かべつ。

あゝつひに弱き男か、
 われを捨てし憎しき人を
 慕ふ心か。

快活な男のごとく
ふるまへる日の
 わが心をいとしめるかな。

いちん日、われを忘れて働らける
 日の気持よさ、
 忘れじと思ふ。

どの友も
われを相手にしなくなりしごとく
 思はるゝ寂しき日かな。

強くなれ、強く生きよと、
 はるかなる
友の消息を繰りかへし読む。

われを信ずる友に
 送りしかの手紙、
書きしはみなうそにてありし。

うれしさにたえられずして
語りしが、
 さほどにも友は思はざるごとし。

今日よりはまじめに生きむ、
あはたゞしく
机の中を片づけにけり。

草にまろび
 まどろみにつゝ聞いてゐし、
フツトボールの音のよろしさ。

(思ひ出三首)

級会の白蝋の灯に
「須磨の曲」
音楽教師はうたひ出でにき。

眠たかりし博物教室の
 窓に見し
くるくるめぐる風車かな。

今日の心、何の心ぞ、
 いちん日
家出のことを考へてゐし。

忘れんとすれど
忘れ得ぬことのあり、
いつまでかくも悶ゆるものか。

何やらむいきどほろしく
むつとして家を出でしが、
 行きどころなし。

捨てられて
泣いてゐる身のいとしさよ、
 蕭々と夜を吹く秋の風。

出鱈目な生活をして
若きうちに
死なむと思ふ、何の心ぞ。

秋の夜の
寂しき風の音を聞きつ、
 ふと、紅燈の巷が恋し。

陽でり雨、
窓のガラスをぱらぱらと
たゝきてすぎぬ、日曜の午後。

秋の朝、
林に入りてカアカアと
鴉のまねをして見たりけり。

昨日と今日、違つた心で働らいてゐる。
 それでいゝのだ――
 機械はめぐる。

別れたのが
お前のためにいゝのだと、
慰めてくれし人もありけり。

秋の気の身にしむ
 朝の工場に
モーターのうなりの心よさかな。

夜業を終へて
 疲れし心、
一杯の冷たきビールが飲みたくてならず

夜はふけて
機械は止まり静もれば、
工場の屋根に雨の音する。

新らしき猿股をはきて
さはやかな心うれしみ、
 街に出て行く。

寝不足のだるき心よ、
手にふるゝ
朝の活字に冷めたさのあり。

誰もゐなき
夜にわが立てる電話口、
 声のふるひを悲しと思へ。

かゝる日は
誰へも告げず、飄然と
旅に出でなば心和まむ。

いつしかは悔ゆる日あらんと
 さとされし
師の言葉など思ひ出しつ。

何事か言はんとしつゝ
 言ひ出せず、
 きれてしまひぬ、ある夜の電話。

はらはらと木の葉散りくる公園の
 秋の日寂し、
 鴉鳴きをり。

ちゝはゝと
さも親しげに語りたる
さつきのわれの心さびしむ。

ちゝはゝに
この反感を抱きつゝ
いつの日までか生きゆくものぞ。

君が歌ふ子守の唄に
 うつらうつら
脊にみどり児の安らかなるも。

過ぎ去りしことは忘れむ、
 ひたすらに、
やさしき君の愛に泣かなむ。

色赤き酒、青き酒、
いたましく
眼にしみじみと沁むる秋の夜。

こゝにゐて酒のみゐると
夢にだに知らざらむ、
われを育てし父は。

何もかもみな投げすてゝ
誰も知らぬ
旅の空にてはてなむと思ふ。

何だかかうばからしくなつて
部屋の中を
ゴロゴロとしてころげてありぬ。

冬近く、
潮風寒きたそがれを、
啄木の墓に物言ひて見る。

晩秋の岬に立ちて眺めゐる、
海の暗さよ、
 吹く風は寒く。

ピストルで
父を殺した夢を見た――
 その日の心、おだやかならず。

久々に逢ひける友に
「そんなものが恋か」
 と言はれ、黙りし心。

あんな文章で、あんな事を書いた
 かの手紙、
いかになりけむ、気がゝりでならず。

岬べに今日も出でゝは
過ぎし日の君を恋ひつゝ、
 草むしりゐる。

何がなし、かうしてはゐられぬと、
しきりにも心いらだつ、
 冬近き日よ。

樺色の鞄をさげて
懸取りに行かねばならず、
 商人の子われは。

活動の絵看板など
珍らしくも、
 わがうつとりと見上げたるかな。

ひよつこりと思はぬ人から
手紙でも来るやうな日だ、
 粉雪降りいづ。

どこか他の工場に行つて
働らいて見たしと思ふ、
 このごろの心。

何がなしあはてゝ起きて、
あやまつて眼鏡をこはせり、
 雪の朝なりき。

あはたゞしく
今日の労務も終へしかな、
 日記に向ひ、書くこともなし。

三もん文学止めろ、
 とわれを叱りける、
かの日の友も死にしとか云ふ。

言ひかたが悪いくせに
わからない奴だと
俺を叱つた客もあり。

かの秋の、かの草原に
いつぽんの
煙草をわれにすゝめし友かな。

(学生にてありし歌)

――一九二〇


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