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失恋したら、男の子も泣くのかな。涙を流して。 倫子は、ビニール傘をさした光一の後ろ姿を思い出しながら、思った。 最初は大好きだったのに。 何度も「大好き」と言い合って笑っていたのに、いつから、「大嫌い」のほうが増えていったんだろう。 初めて観に行った映画のことを思い出す。 ずっと手を繋いで観たあの映画の、ハッピーエンドで終わった男の子と女の子は、今でも幸せだろうか。 私たちは、どうして幸せじゃなくなったんだろうか。 「光一のこと、大嫌いなのか大好きなのかもうわか
バラは、母の好きな花だ。 実家の庭にはたくさんのバラが植わっていて、今年はここ数年で一番きれいに咲いたと6月ごろに連絡が来た。 母は植物に詳しい。 聞けば聞いただけ答えが返ってくる。 「このイチゴ、バラの香りがするよ!」と言えば「イチゴはバラ科で、それはバラの香りがするように交配された品種だからね」と返ってくるし、「このお芋、甘そうな見た目してるのに味は普通だね、蜜があるやつじゃない」とボヤけば「その品種は蜜を引き継がせたものじゃないからだよ」と教えてくれる。 昨日の
大人って、いいかも。 初めてそう思ったのはたぶん、あの夏の夜だった。 *** 学生時代、東京の下町で塾講師のアルバイトをしていた。相手は主に小学生。子どもたちの全身からほとばしるエネルギーにはいつも圧倒されるばかりで、1日合計3、4時間の授業をするだけでヘトヘトだった。 バイトが終わると昔ながらの商店街や神社を通り抜けて駅に向かう。昼間は静かで平らな、それでいてどこか懐かしい空気に包まれていた町は、夜にはサラリーマンたちの憩いの場に変身する。 昼間と同じ道とは信じら
新幹線。街を流れる人の川。空まで伸びるビル群。今日も誰かの残業が、美しい夜の街を作り出す。誰かの涙が、汗が、辛さが、苦しさが、光る。そうやって生み出された景色は、星なんかよりももっと綺麗で幻想的で心動かされるものであるべきだ。人の頑張りが光っているのだもの。 美しい景色を眺める側になるか、作り出す側になるか。どちらに転ぶとも知らず僕は星がよく見える場所へと逃げるように帰る。小さく光る星達だけはよく見えるんだ。 綺麗な景色は眺めていたいよ。夜景の一部にはなりたくないなんて思っ
君の耳が好きだった。 君の耳は平均よりひとまわりくらい小さくて、耳たぶも小さくてあまりふくらみがなくて、溝がくっきりとしていた。 君の大学生のお姉ちゃんがピアスを開けた時、自分も早くピアスしたい、と言った時にはちょっと嫌だなと思った。その面積の小さな耳たぶに穴が開いてほしくなかった。 言ったら気持ち悪いかなと思って言わなかったけど。 ふだんは下ろした髪に隠れて見えないそれが、たまに君が髪を結んで露わになる日、僕はいつも何気ない顔をして君の斜め後ろに立ってはこっそり眺めた。
昔から、ヘンなこだわりの強い性格であった。 周りの人が当たり前にやっていることでも、やる理由が納得できないと、身体が動かないことがよくある。 逆に、なんとかこの場のルールを理解しようとして、「よーし、こういうことだな?」と思って自信満々にやってみたら、大外しした、という経験もよくあった。一番思い出すのは、小学五年生の時に東京に引っ越してきた時の自己紹介である。あれが、「転校先に馴染じめない」と感じはじめた、最初の一手であった。 そんなこともあってか、周りの人に「千葉さん
先生へ ご無沙汰しています。さとうです。 と言ってもおそらく、先生はもう、僕の事を覚えていないと思います。 最後にお会いしてから、もうすぐ10年が経とうとしています。 僕は約10年前、先生から脚本を学んでいました。 10年振りにこうして文章を書いているのは、理由があります。 どうしても、先生にお伝えたいしたい事があります。 1人に向けて書くんだよ。たった1人に まず、その前に僕の事を思い出してもらわないといけませんね。 約10年前、プロの脚本家の方数名で脚本スクールを