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一筆小説「ピリオド」


失恋したら、男の子も泣くのかな。涙を流して。


倫子は、ビニール傘をさした光一の後ろ姿を思い出しながら、思った。



最初は大好きだったのに。

何度も「大好き」と言い合って笑っていたのに、いつから、「大嫌い」のほうが増えていったんだろう。


初めて観に行った映画のことを思い出す。

ずっと手を繋いで観たあの映画の、ハッピーエンドで終わった男の子と女の子は、今でも幸せだろうか。

私たちは、どうして幸せじゃなくなったんだろうか。






「光一のこと、大嫌いなのか大好きなのかもうわからなくなったよ」

小競り合いをした居酒屋を出て歩きながら、倫子は言った。きっと周りの人に聴こえてしまうくらい大きな声になってしまったと思う。


「それって、嫌いってことなんじゃないの」
光一は、倫子を見ずにそう言った。

そう言った時の、光一の横顔。長い睫毛。倫子の大好きだったはずのものが、ほんの少し、手が届くギリギリのところまで離れていくのがわかった。


怖かった。


きっと、次に口を開いたら、それはもう手の届かないところに行ってしまうことがわかっていて、怖くて口を開かずにはいられなかった。

「そうだね」

「どうする」
今度は、真っ直ぐ倫子を見つめながら光一は訊いた。
(行くなよ)
と、言われているみたいだった。そんな目をしていたから、倫子は眼を綴じて応えた。

「別れようか」
勝手に、言葉がでた。後戻りできない言葉だと知っていた。
「別れよう」もう一度、自分に言うみたいに、そう言った。



居酒屋を出たときに、細かく降っていた雨はいつの間にか止んでいた、


いっそ、土砂降りならいいのにと、倫子は思った。



「それが倫子の答えなんなら、しょうがないじゃん」光一も、まるで自分に言っているみたいに、そう呟いた。

「うん」
倫子は、傘を閉じた。もう、雨は止んでしまったから。


光一は、そのまま傘をさしたまま、先へと歩いて行ってしまう。
立ち止まったまま、その姿をしばらく見送ってから反対の方向にある自分の部屋に向かって歩いた。



洗面所の歯ブラシ立てには、色違いで歯ブラシが2本立ててある。

あれ、1つは要らなくなるんだな。



光一の部屋にも同じものがあるはずだ。そんな些細なことを思いながら歩いた。

捨てるときに、泣いてしまうかなと。



光一も、泣くのだろうか。声を出して、涙を溢して。
そう思うと、何てことをしてしまったんだろうと、光一を抱き締めたいような気持ちになった。

でも、もうそれは出来ないよと、決めたのは倫子だ。


泣いてしまいそうだったけど、なんだかそれはとても卑怯なことのように思えて、唇を結んで倫子は自分の部屋に帰る。使われることのなくなってしまった歯ブラシを捨てるために。

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