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【第25回】毎月300字小説企画『うちあける』(テーマ:あける)

近くの海岸に鯨が打ち上がった。
新年早々、近所の話題はこれで持ちきりだった。
「あけましておめでとう」のあとはみな「くじら」と口にした。そしてぼくは強烈に、そいつを見たいと思った。
「ねえ、鯨を見にいこう」
おさななじみのナナを誘った。
死んだ鯨はガス爆発を起こす危険がある。トラテープで規制線が張られていた。
迷い鯨を遠目に見ながら、ぼくらはコンクリートの低い堤防に腰かけて、少しだけ話をした。
「私、東京に行こうと思う」
靴底がテトラポットを何度も擦る。
「そうか」
「もう、帰ってこないと思う」
「そうか」
「寂しい?」
「一緒に鯨を見たいと思う人が、他に浮かばない」
「またね」
「鯨、遠かったね」
「うん、遠かった」

(了)

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