恋は今も続いている~林伸次さんインタビュー
「渋谷」という街にどんな印象を持つだろうか?10代の頃、地方都市に住む自分にとって渋谷とはマガジンハウスの雑誌、オリーブやan・anに登場する特別な「憧れ」の街だった。
渋谷で20年以上バーの店主として、多くの恋模様を見つめて来た林伸次さんの恋愛小説『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』(幻冬舎)がこの度文庫(幻冬舎文庫)となった。
少し前に林さんは拙著をご購入下さり、「取材力がすごい」とお褒めくださったので、調子に乗って「今度、林さんをインタビューさせてください」とお願いしていた。それがこのタイミングで実現した。
取材・文・イラスト:陽菜ひよ子
写真:宮田雄平
恋愛作家に5つの質問
最初に林さんの略歴など。
1969年生まれ。徳島県出身。
渋谷のワインバー「bar bossa(バールボッサ)」店主。
レコファン(中古レコード店)で2年、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)で2年、フェアグランド(ショット・バー)で2年勤務を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープン。
cakesで『ワイングラスのむこう側』を連載中。
「大人の条件」(産業編集センター)、「なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか」(旭屋出版)など著作多数。
さて、この本『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』、実は私はCakesで、一話完結の形でほとんど読んでいた。「バーを舞台にした恋愛小説の短編集」という認識で、改めて本の形で読み始めたのだが、意外な事実にぶち当たる。
そのあたりから、質問をはじめてみた。
―――この本、ひとつひとつの話の間にはっきりとした区切れ、一話ずつ中表紙があって、という形ではなく、間にワインのアイコンがあるだけで、物語が続いていきますが、これは何か意図するところがあるのでしょうか?
「作品自体は僕が数年かかって書いて来た短編小説の中で、Web上で評判のよかった作品を30本選んだものなんです。
でもこれを本にする時に、短編集じゃなくて一本の長い小説にしようという事になりました。同じ人物がいくつかの作品にまたがって出てきて、エピソードが繋がっているんで。
だからこの本、短編小説ではないんです」
ええっ!そもそも「短編小説じゃない」のか・・・自分の中の固定観念みたいなものを垣間見て、ちょっと恥ずかしくなる。
ここで、林さんからも質問されたりして、どっちが取材しているのかよくわからない形でインタビューが進んでいく。(さすが、稀代の聞き上手!)
気を取り直して、次の質問。
―――この文庫版で話題となったのが、noteで解説文を募集したことですが、これはどなたのアイデアですか?
「えっと、たぶん僕だったと思います。文庫って必ず解説がつきますが、誰に頼むかが難しかったりするんですよね。それなら、noteで募集したらどうかと。話題になると思ったし。それに僕はnoteってすごく可能性がある媒体だと思ってて」
―――noteの可能性!それは気になります。具体的にはどのような?
「これ、代表の加藤さんもいつもおっしゃってるんですが、noteをTwitterやFBのような企業や個人、誰もが使っているサービスにしたいって。たとえば、Twitterって全世界のほとんどの人がアカウント持ってるじゃないですか、アメリカの大統領や日本の総理大臣まで。いつかnoteがそんな風に世界中で使われるようになるかもしれない、という希望を持ってるんですね」
―――なるほど!それは夢のある話ですね。世界中の人がnoteを使う未来、私も楽しみです。noteといえば、林さんは有料のCakesだけでなくnoteでもこの小説を全文公開されていて、すごく太っ腹だな、と思いますが、これも何か理由があるんですか?
「全文公開に関しては、ひとつしか理由がないんです。公開した方が『本が売れる』、ただそれだけなんです。どうしてなのか理由はわからないんですが、無料で読めるのに、なぜか買ってもらえるんです」
ええっ!そうなんだ!あまりに意外過ぎる返答に、ちょっと言葉を失う。
(でもたぶん、林さんからはそうは見えてなくて、たぶん、弾丸のように言葉を発して矢継ぎ早に質問していると感じられただろう、と思う)
―――この小説の登場人物にはモデルはいますか?
「います。でもそれがどの人か、というのはご想像にお任せします」
―――最後に、どんな人にこの小説を読んでほしいですか?
「ごく普通の恋愛が好きな女性に読んでほしいです。Twitterでそういった女性から『よかった』とか『好き』というような感想が流れてくると、すごくうれしいです」
命短し恋せよ乙女
なるほど、この本、恋する女性に読んでほしい、と私も思う。昨今では「若者の恋愛離れ」なんて言われているけど、個人的にはすごくもったいないと感じる。
この小説の中に、恋愛を季節に例える話が出て来るけど、恋って始まり(春)は本当に楽しいし、失恋(冬)って本当に辛い。
それでも、その自分ではコントロールできないような、どうしようもない感情を味わえるのは恋愛だけだ。
うまく行かなくてジタバタして、恥ずかしい想いや悔しさ、後悔、果てしない「どうして?」という疑問を大量の涙と共に反芻し続ける。
恋の始まりは何も手につかなくなるし、恋の終わりは胸に穴が開いてしばらくは廃人と化する。その時間を無駄だというなら、何のために生きるのか?と思うほど、恋は素晴らしいと思う。
私のように結婚して10年以上が経ち、すっかり恋愛の土俵から降りて久しくても、改めて「恋っていいなぁ」と思わせる魅力がこの本にはある。
この本を読んでいると「まだ恋をしている」かのような錯覚に陥ってしまう。その錯覚が心地よくて、いつまでも浸っていたくなるのだ。
noteの全文公開はコチラから
渋谷のバーのマスターの稀有な魅力
東京の林さんと名古屋の私とは、今回Zoomでお話しした。画面を通じてなので、実際に会うとまた違うのかもしれないけれど、私の林さんに対する印象は、とにかく話しやすい人、に尽きる。巷で言われているような「軽さ」は私は感じなかった。
私は長年、Cakesの林さんの連載「ワイングラスの向こう側」の愛読者だったこともあり、当然Zoomがはじまるまではすごく緊張していた。それでも林さんと話し始めたら、そんな緊張はどこかに行ってしまっていた。
それもバーのマスターならではの魔法のようだ。
林さんの作品の魅力は「せつなさ」にある、と思う。
男性で「せつなさ」を書く作家って少ないのではないか、と聞いてみると
「そうなんです。この席、空いてます」
と即答された。
それにしても、恋愛に関するデータの母数が違い過ぎる。普通の人が友人の恋愛相談を受けたりしてもたかが知れている。どれだけ多くの恋愛話を聴くかと言えば、バーテンダーと占い師が双璧ではないか、と言うと
「占い師は悩みしか聞かないけど、バーテンダーは恋愛の始まりや自慢話なんかも話してもらえるんです」
と得意げに「バーテンダー最強説」を打ち出してきた。
確かにそうだ。そんな得意げな林さんは、なんだかとても愛くるしく、チャーミングだと思う。
林さん、ネクタイを締めていないとバーテンダーには見られないというが、確かにそう思う。どこかの企業の課長、と言ってもおかしくない。
世の中にはバーに足を踏み入れたこともないような人が一定数いる(私自身数える程度)。そういった人にとって「バーのマスター」って、失礼ながら「ちょっと得体のしれない怖い人」というイメージがあると思う。
林さんの功績のひとつは、そんな人にも「バーのマスターにもこんなに親しみやすい人がいるんだ」と思わせたこと、ではないかと常々感じている。
他の人には言えないような、恋の始まりや自慢話、失恋に至るまで、林さんについつい話したくなる人の気持ちが、ものすごくよくわかる気がしたインタビューだった。
他にも、林さんからもいくつか質問されて、それについて語らう場面などもあり、いろいろ考えさせられたので、またそれについては別の機会にまとめたいと思う。
林さん、楽しい時間をありがとうございました。
本はコチラからご購入できます。
林さんのnote
Cakesの連載「ワイングラスの向こう側」
おまけ
蛇足ながら、私自身は割と、文章と実際の自分の印象にそんなに差がないのでは?と思っていたのだけど、やはり林さんに「陽菜さんは文章の印象通りの方でした」と言われた。
ちなみにこの本、どの話もよく練られていて甲乙つけがたいが、好きなエピソードを一つだけ挙げるなら、「桃子さん」のお話。この「桃子さん」他人とは思えない。読んだ方は「なるほど、こういう人か!」と腑に落ちるのではないだろうか。
どうでもいいけど、私は池袋で一人暮らしをしていた頃、一年ほど渋谷でバイトしていた。今のオットと知り合ったのも渋谷だ。実は渋谷は憧れの街ではなく、想い出の街だったのだ。
小説の中の主人公たちが恋をしていた頃に、私も同じように渋谷で恋をしていたんだなぁ。。。と思うとなんだか感慨深い。
この記事が、8/16の公式マガジン「今日の注目記事」に選ばれたそうです。
ありがとうございます!