空ほど遠くはない
実家に帰った時には、必ず、思えば必ず母は「コーヒー飲む?」と訊いてくる。
ご飯を食べた後の、少しまどろんだ時間。
そう、テレビを見ているようで見ていないあの時間。
僕は、自分の気持ちを聞く前に「うん」と答える。
そうして、当然のように、ミルクと砂糖が付いてくる。
別にブラックが飲める大人になりたかったわけではないけど、
ブラックを味わっている大人に憧れはあった。
ブラックが飲める大人にはなれなかったけど、なんだかこの空間ではいつまでも子どもでいるような気がして、いてしまうような気がして、
ブラックを飲めないことに少し腹立たしさを感じてしまう。
とか言いながら、すぐにミルクと砂糖を空にする。
「幸せは何かを諦めないと手にできない」
これが真理なのかはわからないけど、
しがみついてしがみついて、女々しく、これでもかとしがみついていた過去を清々しく振り返れる日は確かにある。
当たり前はない。
後ろめたいことがないことなんてない。
たまに、基本日が沈んだ帰り道で、小学校の頃にみんなでからかっていた(今考えたらいじめなのかもしれない)女の子のことを思って、無性に自分が”生きていてはいけない存在”に感じてしまうことがある。本当にひどいことをしたのだ。
僕らは後ろの空気は吸えない。前にある空気を吸って、前に出す。
そんな簡単なことも忘れてしまうくらいに、想い出は強いんだ。
ほんとうにまいっちゃう。
だからこそ、愛おしいんだ。
簡単じゃないよね。
果てしなく深い想いって。
震えるほど応援したくなる。巡り巡って自分に対しても。
『 海よりもまだ深く 』を観て