Toinet   ①

汚い白い天井。

きっとあの蛍光灯もそろそろ寿命だろう。

じんわりと痛む首を無視できなくなってきた頃、僕はゆっくりと頭を起こし前を見る。

緑とも青とも判別しがたい汚い色の汚いドア。

そしてその汚い色の壁で囲まれたこの半畳ほどの汚い部屋。

使用するか悩んでいた20分前が嘘みたいに、

この空間が愛おしく感じる。

いや違う、天井部分は開けてはいるがこの小さな空間が僕の、僕だけの精神世界に感じていた。

誰にも浸食されない、誰にも指図されない、誰もいない、絶対空間。

用を足すためだけの空間とは思えなかった。


大きく息を吸い込む。

あまりいい匂いではなかったが、この行為が今の僕には必要なことに感じた。

吐き出そうとした瞬間、首にかけ膝上にどっしりと座る一眼レフが目に入る。

思わず息を止め、見詰め、気付くと構えている。

右目には、レンズ越しの蛍光灯。

死ぬ前の心電図のように、カチ、カチ、とゆっくりと命を灯す。

ゾワッと来たかと思うと、僕の体は瞬時に地面に叩きつけようと一眼レフを持つ腕を振り上げていた。

体が静止する。

恐らく、表面上の僕にはわからないスピードで奥にいるたくさんの僕が話し合っていた。

話し合いが終わった合図として、忘れられていた大きな空気を肺から押し出した。

また吸い込んでしまったら次こそ粉々にしてしまう気がして、恐る恐る吸い込んでみる。

大丈夫だったが、一眼レフはその重さを増していたようだった。

「死にたい」

誰かが叫んだ。吸ったはずの息が無くなっている様子からして、僕だった。

そうか、僕は死にたいのか。

また僕は、天井を見る。

あぁ、蛍光灯はもう死んでしまうようだ。

蛍光灯の命の点滅に心が同調し始める。自分の心臓の音が無視できなくなった瞬間、


ノックの音。

汚い個室に僕は戻ってくる。

僕は視線を移す。妙にリズミカルなノックだった。

少し間があって、また同じリズムで鳴る。

妙だった。

同じリズムで鳴る上に、一向にしゃべる気配がない。

何より、

ノックの音は右の壁から鳴っていた。

「9文字」

その深い声は明らかに僕ではなく、明らかに右隣りからだった。


この9文字が僕たちを狂わせ、生かしたかと思うと、

人生は捨てたものではないのかもしれない。


つづく


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