Netflixドラマ『極悪女王』 ヒールがヒーローになる時

 日本において、少年ジャンプに掲載されている漫画を始めとして、クロミちゃんやディズニー作品のヴィランズ等、悪役というものの人気は異様に高いように感じる。それこそ、ヒーローやヒロインを喰ってしまうほどに彼らの人気は凄まじい。
 これから語るこの作品も、それらと同等の人気を誇る『悪役』の物語である。

 この作品は、新日本女子プロレスでルール無視、反則三昧、極悪非道の限りを尽くし、まさに最狂と呼ばれたダンプ松本氏の半生を綴ったものである。
 彼女の少女時代〜新人時代は、先で語った極悪非道という言葉が嘘のような、善良な人間の手本のような人物に描かれている。それはあまりにプロレスというショービジネスとは不釣り合いなほど。実際に、彼女が本名の松本香という名でリングに上がっていた頃は同期にどんどん先を越されていたほどだ。
 そんな彼女が、どうして極悪の名をほしいままにしてきたか。これがこの物語の主軸である。

 『良い人間』。それはたくさんのパターンが存在する。虫も殺せないような心優しい人間、弱きを助け己のデメリットは考えずに強きを挫く人間、悲しみに打ちひしがれるものに寄り添う人間。その他たくさん。
 その人間が、己を『良い人間』とするために縛る鎖が外れたらどうなるか?狂うのだ。この作品では、今まで嫌悪していた父親に他の家族が入れ込みはじめ、自らを利用した挙げ句、それがバレたら敵として排除しようとした時がそれに値するだろう。

 プロレスはショーである。強く正しいものが、弱きものを虐げる悪役を始末する。ダンプ松本氏が現れるまでのプロレス界はまるでヒーローショーのようだ。
 そこにタガが外れた、善性の鎖から解き放たれた覚悟の決まった悪役が放り込まれたらどうなるか。たちまち人々はその魅力の虜になる。人間というものは、男女問わず血と暴力を愛するものである。それはどんなに暴力が苦手で血を見ると気を失うような者も変わらない。人間が動物である限り、それは避けられない本能なのだ。
 彼女の振る舞いは多くの人を魅了し、そして未だ善性の鎖にがんじがらめになっている者からは激しく嫌悪された。それはそうだ。彼女のプロレスとはもはや言えないグランギニョルに近いショーは、己の中に眠る血と暴力を愛する面を直視する事になるのだから。

 また、彼女がここまで愛された理由に時代もあるだろう。当時はヤンキー文化が発展し、不良であればあるほどカッコいいとされてきた。それはつまり、ヒーローを応援するのはカッコ悪い、最恐のヒールを応援してこそヤンキーとしてのかっこよさなのである。今の時代なら、たちまち彼女に『かわいいもの好き』『実はいい人』『スイーツ大好き』と余計なキャラクター付けをして邪魔をしていた事だろう。
 彼女は最恐のヒールでいるために、ありとあらゆることをした。仲間を徹底的に痛めつけ、後輩の髪を剃り牙を向いた。物語が進むにつれて、彼女は化粧を落とすことをやめ松本香からダンプ松本でいる時が増えてきているように思う。言動にしてもそうだ。
 どうして、そこまでするのだろうか?
 彼女はヒールにしかなれなかった。けれども、ヒーローになりたかったのだ。強く、血と暴力で魅了する、そんな誰かにとってのヒーローになりたかったのだろう。
 彼女の出現によって、プロレス界は大きく変わったはずだ。ヒーローだけが輝く場所ではない。ヒールもまた愛され、応援される存在になったのだ。

 現役を引退した彼女は今、どうしているのだろう。
 彼女の軌跡を追うとともに、現在の女子プロレス界を覗いてみるのも良いかもしれない。


 余談ではあるが、作中では第二のビューティーペアのように扱われる、クラッシュギャルズとしてデビューしたライオネス飛鳥氏。彼女を演じるのが剛力彩芽さんなのだが、リングの上で歌い踊る姿がキレッキレなのでそこだけでも見てほしい。隣で歌う長与千種氏演じる唐田えりかさんのへにょへにょなダンスだけれども楽しそうな姿も、魅力的である。
 この作品ではヒールがヒーローとして演じられているが、正義側に立つ彼女たちもまたプロレス界に一石を投じた存在なのだと思う。
 髪切りマッチでダンプ松本氏を一斗缶で殴りつけ、狂う覚悟が決まった目で自らも凶器を手にした長与さんの迫力も素晴らしかったです。

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