【その6】 11ヶ月失業して、転職後1ヶ月で辞める話
さて、無職
昨日、10月31日付で1ヶ月しか勤務しなかった職場を去った。表面上はさしたるトラブルもなく、いろんなことをオブラートにつつみながら無事に生還することができた。
会社の人たちも表面上は優しい人たちばかりなので、しめやかに送り出してくれた。ただ最終日に談話に入れてくれなかったり微妙にいじめの構図っぽいものはあったけど、1ヶ月しかいなくてろくに仲良くなれなかったんだから当然っちゃ当然だ。完全に異物でしかない奴がやっといなくなって、今頃ほっとして仕事してるだろう。
退職を「卒業」と呼んだりして、周りの人から花束とか寄せ書きとかをもらって、送別会なんかもあったりして、盛大に送り出してもらうだけが退職ではない。
どう辞めていくかは、どんなふうに転職を進めるかと同じくらい重いテーマだと思うけど、あまり事例を聞かないな。みんな未来を見ているだろうし、早く忘れたいからかな。
「いつか辞めてやる」と「辞めると宣言して退職準備に踏み切る」とは質的に全然違う。辞める過程は死に支度というか、死んでる状態とほぼ同じだ。会社に対してはほぼ何も生み出さない、期待もされない人だからだ。
退職者は死を通過して再び蘇っていくのだから、なんかキリストの死と復活を思わされるなぁとかなんとか。
辞めていく時間を丁寧に追った話がもっとあれば、イメトレできて辞めることが怖くなくなる人が増える気がするんだけど、どうだろ。いや、辞める前提で働いてる人がどれくらいいるのかって話か。
サヨナラが下手なタイプの人間だ
まず、高専を退学したときが最悪だった。体力も気力も底をついていたので、ありとあらゆる手配を親に任せてしまって、あらん限りのことから逃げ出した。
そうなってしまうと、しばらく逃げ癖がつく。会いたくない人から逃げ、見たくない現実から目を背けるようになる。
実にめちゃくちゃ頭が悪くなる。脳細胞が活動を停止するのが手に取るように? 表現合ってるのかわからんけど、とにかくシナプスだかニューロンだかがプチプチと死ぬ音が聞こえるのだ。
バイトとか人付き合いとかも、気に入らないとシャットダウン、なかったこと、白紙にすること、リセットすることにしていた。20代の半ばくらいまではそんな感じだった。
しかし、決めたことを最後までできない挫折感というか情けなさに自分で辛抱たまらんくなった。
きっかけをいま振り返ってみると、おそらくターニングポイントは「3.11」東日本大震災なんじゃないかなと思う。
親戚・友人が巻き込まれたとか、自分がなにか大きな被害を受けたとかそういうわけではないのだけど。ただ明らかにこれまでと時代の流れが変わったのに、いつまでも受け身で、無関心で、そのくせ何かが起こるのを待っている。そういう自分がいやになったのだ。
思い出してみれば、震災の直後、3月15日だったと思うが、原発がやばいかもしれないと思った当時の勤務先の社長が、香港経由で中国の深圳に脱出させてくれたんだった。身分証明のためだけに作っていたパスポートを初めて使った。
1週間ほど深圳で過ごし、映画『ブレードランナー』のような退廃と繁栄のギャップが激しい世界を目撃して、視野が一気に広がった。
そこから立て続けにインドネシアに行き、しまいにはイタリアやスペインに行き、メディアの中でしか見たことがなかったヨーロッパのスケールが大きすぎる強靭な文化に触れた。一人旅だったのでめちゃくちゃ大変だったけど、流されることが多かった私が、何が何でも国境を越えるため、観光施設を見るために目の前の人と交渉する、アジア人という理由で理不尽な目にあう、みたいなどうしようもないことをいくつも乗り越えて、「強さ」に目覚めていったのだった。
女子供が強さに目覚めると、当然のように周りからの抑圧にあう。恋人からも会社からも、舐められて潰されそうになり、倒れそうなところで大きく踏みとどまって乗り越える。少しずつ、まずは障子レベルでも、「壁を突き破る感覚」を覚えていった。
着手したことはとりあえずやり切る、と決めた
勢いで入学したバッグの制作学校を卒業するとか、結局は退職するんだとしても、いづらい場面にちゃんと身を置いてけじめをつけるとか、そういったようなこと。
はじめから完璧ではなかった。相変わらず無視したこともあれば、逃げたこともある。
人や状況とぶつかることは、大きく言えば「喧嘩」の部類に入る。
喧嘩しないタイプの人間もそれなりにいると思うけど、私はことに喧嘩が多い。理想が高く、義理に厚く、正論を捨てられず、自分に厳しく、他人にも厳しい。
聖書的に言えば、ヤコブ(イスラエル)とかパウロ型の人間だ。戦わずにはいられないのだ。
喧嘩自体をやめて絹ごし豆腐みたいに穏やかに生きたいと切に思っても無理だ。もはや運命の問題だからだ。
あまりに喧嘩が多いので、しまいには喧嘩の仕方も覚えてきた。
コツは、怒りのエネルギーは状況を打開するためとか忍耐を働かせるためだけに使い、人にはぶつけないことだ。つまりはできるだけ腰は低く押しは強くで静かに過ごし、ボーダーを超えてきそうなやつにそっと銃口を向けると、相手も遠巻きにしてくれる気がする。
フライングで退職意向を伝える
喧嘩が常の私に重要なのは「エネルギー」である。エネルギーが枯渇すると、あっという間に猛獣たちに取り囲まれてしまうのだから。
「エネルギーがなくなること」がすなわち最悪の事態だと想定している。エネルギーとは体力であり気力であり、経済力だ。
真綿で首を絞めるように私からエネルギーを吸い取っていく、蟻地獄のような会社に入ってしまったが、なぜか知らんけど「有給10日分が入社1ヶ月後に付与される」という謎の恩赦があった。通常は3ヶ月とか、半年あたりだろう。
退職って、常識的には1ヶ月前に申請するものだけど、入社2ヶ月目に突入して、有給が付与されたタイミングで「1ヶ月後に辞めます」と言って、月の後半を有休消化に使うって
……なんかせこくない?
それだったら入社2週間のタイミングで、「今月中に辞めます」って言った方がむしろ誠実じゃね?
謎恩赦さえ、円満な即時退社のために最大限に利用することにした。
月の半ばに、まだ次の就職先も決まってないのに、無職になったらこんどこそ失業保険も何も出ない状況で、揃えたカードを全部切って「辞めさせてください」と申し出たのだった。
主な理由は、入社前に聞いた想定年収が、入社後の説明と食い違っていたこと、人事評価が不当に低すぎること、副社長の「勉強会」が度を越して不適切だったこと……など。
業務がちゃんとマネジメントされてないとか、ただひたすら「かっこいいデザイン」を量産するだけの仕事だと説明を受けてなかったとか、残業が常態化してるとか、副社長の顔を二度と見たくないとか、ポンコツから五月雨に仕事が降ってくるのが嫌だとか、オヤジに囲まれてのびのび仕事できないとか……個人的にムリだと思ったことは山ほどある。
時間が経つほど、いろんなプロジェクトにアサインされたり、関係性が深まって情が湧いたり、中途半端に取引先を持たされたり、どんどん辞めづらくなるのが嫌だった。喧嘩っ早い反面、優しさという弱さを持て余してしまうからだ。
「辞める」と管理部長に申請して、2〜3日は周りがザワついて上司と話し合いがあったりしたけれど、つとめて、要求は通すけれども相手が傷つくような本音は、たとえ正論でも心に仕舞った。思うところはいっぱいあるけど、ひとえに、大企業を経験したあとでは小さい会社が肌に合わなかった、というところが落とし所になるような言い回しをし、必要なところははぐらかした。
残りの2週間は、持たされていた仕事にかける時間をできるだけ引き伸ばし、やることがなくならないように微調整しながら、エージェントからのオファーを待ちながらすごした。
つづく