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【その4】 11ヶ月失業して、転職後1ヶ月で辞める話


辞める決意は数日だった

 入社2日で年収についての楽観が崩れ去った。

うわっ 私の年収、低すぎ……? 

 数日過ごすうちに、社風と全く馴染めないと気がついた。

うわっ この会社、黒すぎ……?

 自分が情けなかった。
 土日で落ち込みを立て直し、週明け、いくつかのエージェントにメールを送って、仕事の紹介をお願いした。まだアカウントを消してなかった転職サイトから応募をかけてみたりした。

条件は、今よりいい会社。以上。

 ……いや、ふざけてないよ?

 基本落ち込んでるよ?


第三者から見た私

 とにかく動いてないと不安でジタバタした。そのなかで、現職に内定が決まってから連絡が来たエージェントがあった。入社まであと数日、というタイミングで電話が来たのだ。
 受けた場所も覚えている。スターバックス札幌旭ヶ丘店だ。知らない番号だったけれど、入社手続きか何かだと思って出たのだった。

 もう内定が出たことを伝えても、食い下がってくれたので、印象に残った。

 印象には残ったけど、電話口で名前を聞き取れていなくて、スマホの電話帳には「〇〇社のひと」と雑に登録してあった。

  月曜日のランチタイムに「〇〇社のひと」に電話をかけ、事情を話し、仕切り直して転職活動を再開したい、と恥を承知で伝えると、あれよあれよというまにアレンジして、応募企業での書類審査も通過し、その日のうちに面談の日程が決まった。2日後だった。電話をかけてきた時に紹介する予定だった企業のポジションはまだ空いていたのだ。

 後追いで求人票が送られてきた。

 派遣契約。前職も派遣から正社員まで成り上がっているので雇用形態は正直どうでもいい。面接の負荷を減らしたいからむしろありがたい。

 給与。時給換算で現職の約2倍😲 派遣契約は時給制で、賞与はないけど明朗会計だ。前職の水準まで一気に回復できる。このクラスの派遣求人が札幌で出ることはまずない。

 企業規模。全国CMでおなじみの有名企業の傘下だ。

 注目したのは、「職種」の欄だ。デザイナーでありマーケターであり、プランナーと言われてきたなかで、馴染みのない言葉が書いてあった。

 プロデューサー

 頭には、肩にカーディガンをかけてデカいメガネをかけてふんぞりかえっているロマンスグレーのオヤジが浮かぶ。

 ……エージェントはなにか私のこと勘違いしてないだろうか?

 業務内容を読む。とくに難しいことは書いてない。これまでの延長線上だ。

 デザイナーとマーケターとプランナーを経験すると、上位職はプロデューサー?

 ドラクエⅥかよ。 

こういうやつ(参考サイトにリンクしてます)

 ドラクエみたく各職業を極めたつもりはない。エージェントは私の経歴の何を見てプロデューサーになれると思ったんだろうか?

 職務経歴書に嘘は書いてないし、盛ってもない。思わせぶりなことを書いても、面接で剥がれるからだ。

 同じようなことは前職でもあった。私という人間をまとまりのない経歴を持った中途半端で飽きっぽくて何考えてるかわからない奴、と見る人もいれば、いろんな経験をした何でもできる人、と評価してくれる人もいるのだ。

 私自身には自分を美化することも卑下することもできない。自分を客観視なんて真の意味でできるわけもない。

 こういうときは、第三者の評価に委ねるほうがうまくいくのだ。向こうが、こいつはプロデューサーだと思ってくれるなら、私はプロデューサーなのだ。

面談当日。もちろん平日

 会社にはなんだかんだ理由をつけて早退させてもらった。まさか誰も、このタイミング──入社1週間──で他社の面接に行くとは思うまいて。

 はたして、面談の感触は予想以上にいいものだった。私が喋るより面接官が喋るほうが多かった。

 エージェントがこいつには任せられると思い、相手企業も同じように思ったのだとしたら、プロデューサー未経験でも関係ないってことだ。世のプロデューサーだって、はじめは一年生だったんだから。

 万が一でもなければこれは決まったな、という空気が流れた。

このペースだったら今月中にトンズラだ

 とはいえ、この時点では、流石に自分でも、会社側に辞める理由を毅然と説明できる自信がなかった。

 理由の半分は、私の確認不足と、社風へのミスマッチにあったからだ。
 早く11ヶ月の失業状態を解消したかった。失業保険の残日数もわずかだ。焦りがあったことは否定できない。
 様々な条件が、前職と比べて明らかに目劣りすることはわかっていた。でもこの時は、それがチャレンジだと思ったし、神への献身であり信頼だと信じたのだった。

 直感は「さっさと辞めた方がいい」と言っている。でも、直感だけで話をするような人間は私だって苦手だ。クリスチャンとして聖霊の導きに従ったつもりだった。それはいわゆる「直感」とか「好き嫌い」と本当に紙一重で説明不能の感覚なのだ。もう私にはどこまでが身勝手さで、どこまでが御心なのかわからない。

 もうちょっと働けば馴染んでくるはずだと思われても仕方ない。馴染むことを体が拒否しているわけだけど。

 追い討ちをかけるように、正式に辞令が下って賞状みたいなもんをもらってしまった。

 「あーーー、どうやって辞めるって切り出すべ」

 考えるだけで憂鬱だ。

 主、イエス・キリストに話しかける。

 「我々の大祭司イエスさま、あなたは人の弱さに同情できない方ではありません。私は勇気のないクズです。あなたはこの職場を与えてくださいましたが、どうやら私の思い違いか、あなたに別の意図があったようです。
 自己憐憫に浸るあまり、望まない結果を招いてしまうというのなら、大変よくわかりました。もうたくさんです。
 私は砕かれましたが、屈辱によって、かえって誇り高さを思い出しました。
 勢いで入社して、また勢いで辞めようとしているのに、辞めたいと会社に伝えるなんて、もやしメンタルの私には無理です。怒られるかもしれません。言いくるめられたら逃げ切れるだけの理由がありません。それでも都合つけて辞めたいんです。どうすればいいですか」

主は患難を通して働かれる

 会社に入ったときから「副社長」というまだ見ぬ登場人物がいることに気がついていた。最終面接にはいなかった。たまに本社のある田舎から出てきて、平社員たちは「副社長同行」と呼ぶ行事を組んで、仰々しく取引先を練り歩くのが通例となっているらしかった。

 「副社長に取引先にいっしょについてきてもらう」じゃダメらしい。

 この会社に入った時に感じた違和感の一つとして、社員数が百人そこそこなのに、「ーー課長」とか「ーー部長」とか、名前に肩書きをつけて呼びたがることだ。

 これって普通なのかな? だって、下に連なる部下なんてたかが知れてるよ? 通用するの、この村社会の中だけだよ? 気持ちいいのはわかるよ? でも……なんか恥ずかしくない?

 こちとら、名前を覚えるだけで精一杯なのに、名前と肩書きを組み合わせるなんてパズルかよ。

 ──そんな感じなので、いわゆる副社長が支社に来る数日間を前にして、社員がにわかにざわつき始めたことは気になっていた。

 副社長が来社するかしないかのタイミングで、Outlookのスケジュールに「副社長勉強会」という予定が押さえられた。

 開始は15時。終了は……

 ん? 18時半……?


 3時間越え? しかも、勤務時間、過ぎてますけど?

副社長のお守りで、業務時間を吸い取られる社員たち

 副社長が来社すると、周りの人たちの立ち居振る舞いも変わった。みんながソワソワして、必要以上にへりくだっているのだ。 

 しまいには、「勉強会」の準備や、副社長が気まぐれに開催する長時間の「経営会議」に強制参加させられ、他に締切を控えた業務さえないがしろだ。私もプロジェクトへのコミットメントが高まれば、早晩同じ運命になるだろう。

 勉強会開始10分前の集合厳守と言い渡された。小学生かよ。会議室に向かう前には、同僚の女性から「これを経験しても辞めないでね〜〜〜w」の一言。不安しかない。

 かくして、さして広くもない会議室に、二十人ほどの社員が寿司詰めになって「勉強会」が開催された。


結論、副社長に戦略はなく、マネジメントができない

 「勉強会」と聞いただけで嫌な予感はしていたけれど、中身はお察しのとおり、ただ副社長が持論を聞いてもらって気持ちよくなりたいだけの会だった。

 副社長の往年の武勇伝と、こつこつ読み溜めても体系化はされないビジネス知識をひけらかす会。

 ひたすら聞いてあげる辛抱強い社員たち。

 たまに繰り出される若手社員へのパワハラ発言。

 オブラートに包んでも滲み出すセクハラ発言。

 言葉尻に常に漂う「オレ以外の社員はみんなバカ」というモラハラ空気。

 バカ丸出しな様子を、わざわざ動画に撮らせて社内の教材にしようとする滑稽さ。

 会社のトップがこれ。ロールモデルがこれ。

 どうりでみんな「オレが仕事してるぜ!」っていうオーラを小出しにしながら仕事してるんだと思った。見本がこれだからだ。

 「イノベーションとは、異なる分野の掛け合わせ」

 と言っておきながら、繰り出してきた「戦略」は、「美味しいもの全部のっけたものは当然美味しい」といわんばかりの過積載システム。

 他の女性社員二人はうまいこと理由をつけて定時で脱出。私はオヤジ集団の中でただ一人残されて、自分が置かれている状況のヤバさを痛感する。何なら閉所恐怖の発作が起こりそうになる。

 「どう? 君はこの業界のことまだ(なんも)わかってないだろうけど、岡目八目って言葉もあるし、第三者から見て、今日の勉強会の感想聞かせてよ」

 勉強会の最後に副社長が私に照準を定めてきた。

……え? 控えめに言って、地獄なんですけど?

「これだけのいろんなビジネスモデルを俯瞰的に見られる機会ってそうそうないので、とても勉強になりました!」

 1分でも早く帰りたくて、全ての感情を殺した。勉強会が終わったのは、夜7時だった。


誰もがおかしいとおもってる。でも声を上げる人はいない

 めんどくさいことになるからだ。
 正面切って副社長と戦うくらいなら、嵐をやり過ごして、静まった頃に通常業務に戻ればいい。

 副社長が変わることは望めない。表面的には誰もがひれ伏して敬ってくれるから。

 副社長が撒き散らして行った余計な用事と、止まってしまった仕事を片付けるために、皆、長時間の残業を強いられる。ひどい状況だと思っていても、口に出す人はいない。

 ここは地獄の一丁目一番地ではない。札幌市のオフィス街の片隅だ。再開発が進み、インバウンドは盛り上がり、ほどほどに大きく、空気はおいしく、愛すべき地元札幌。のどかな街を見ていると、何の問題もなく毎日が過ぎているように見えるけど、密室ではこんなしょうもないことが起こっているんだ……。

 生まれ故郷の惨状に言葉を失う。

 だがしかし。

 見方を変えると、チャンスではないか……?

 大企業出身でコンプラ意識の高い私は、副社長の人格と勉強会にドン引きしたことにすればいい。実際引いた。今後巻き込まれるのも、何なら副社長に会うのも二度とごめんだ。いっそ、お高くとまってて潔癖な奴と思われてもいい。私は引いたぞ。これは不適切だ。インシデントだ。みんながゲンナリしているこの空気を逆手にとって辞めると言い張れば、「しかたない」と思ってくれる。

 流れが来た。

 イエスさまに「どうやって辞めるって切り出したものでしょう」とぼやいた次の日にこれが起こった。私は主のゴーサインだと判断した。


つづく。


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