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幽霊作家⑤
目的の駅は、小さな町の一角にあった。駅の構内にはバス停があり、目の前には商店街が見えるが、ここから確認できるだけでもほとんど人が居ないような状況。
ゆめさんに言われ、商店街とは別の道を歩き始める。
「私の家に付いたら、ドア付近にある植木鉢の下から箱を取り出してください」
「何か古典的だね」
「箱にはダイヤル式の鍵が付いているので、5647に合わせて中の鍵を取って、今度は家の裏手に回ってください」
ダイヤル式と言うところでセキュリティを高めているのかと思ったけれど、まだあるらしい。古典的だと言ったのは早計だったかもしれない。
ゆめさんが言うには、家の裏手の雨どいに鍵を使う箱があり、その中に本命の家の鍵があるとの事。
「何か脱出ゲームみたいだね」
「これでも、ミステリ作家って言われていますからね。遊び心ですよ」
「だとしたら、最初の四ケタのヒントがないよね」
僕の発言にゆめさんが白い目を向けて、ため息交じりに声を出す。
「ミステリ作家だからって、自分の家を謎さえ解けば誰でも入れるようにするわけないじゃないですか」
「うん、そうだよね。ごめん」
軽率な発言を謝ったら今度は「謝らないでください」と返ってくる。
何も返せなくなったので、気持ちを切り替える意味でも「ゆめさんはどうするの?」と尋ねる事にした。
「萩原さんがカギを取りに行っている間、私は軽く家の中を確認してきます。家族がいればすぐにわかると思いますし、泥棒がいる可能性だってゼロではありません。
と、言ったところで家に着きましたので、手筈通りお願いします」
言い残して、ゆめさんはとある家の中にすうっと消えていった。
ゆめさんの家は平屋の一軒家で、壁や屋根に残る傷や汚れから年季が入っているように見える。広さもひと家族が住めるくらい大きいもので、二十歳そこそこの女性が一人暮らしをしているような家には見えない。
家の扉の隣にある萎れた観葉植物の植木鉢の下には言葉通りに小さい箱が置いてあり、5647とダイヤルを合わせたら難なく開いた。
土が露出した小さい庭と通り抜けて家の裏手に回り、雨どいを固定してある留め具に小さい箱が隠されているのを見つける。
その箱もあけ鍵を取り出した所で、ゆめさんが戻って来た。
「大丈夫でした」
「じゃあ、とりあえず中に入ろうか」
自分の家ではないけれど。引き戸の鍵を開けて、上がらせてもらう。
数日家主がいなかったのに埃は殆ど溜まっていない。すっきりとした廊下は女性の家だなという感じがする。
ザッと見たところ、部屋が四つか五つかあり、どこも扉が閉まっていた。
「こっちです」と先導するゆめさんの後について入ったのは、一番奥の部屋。カーテンが閉じられていて少し暗いが、大きく三つの部分に分かれているのが分かる。一つはキッチン。キッチンの隣に食卓。で、大きな部屋の半分が、書斎のようになっている。
コの字型に本棚が置かれ、中には所せましと本が並び、コの字の中央に子供なら寝られるんじゃないかと思うほど大きな机と見合わない小さな椅子があった。
机の上にはデスクトップのパソコンとノートパソコン、あとは読みかけだったのだろうしおりを挟んだ本が一冊乗っている。
「本当に作家の部屋っぽいね」
「これでも一応作家ですから。とりあえず、パソコンがある机の所まで、行ってもらえますか?」
言われるままにパソコンに近づく。パソコンが二台あると言う事は、それぞれに用途があるのだろうか。おそらくデスクトップで執筆し、ノートパソコンを私用に使っているのだろうと予想していたら、ゆめさんから指示が来る。
「机の引き出しの一番上を開けてくれませんか?」
「一番上ね」
呟きながら引き出しを開けてみたのだけれど、何も現れないままにスライドが止まった。
何もないとこちらが言うよりも先に、ゆめさんが引き出しの奥の方を指さす。
不思議に思いつつも、手を入れてみたらまだ奥に続いていて、すぐに何かが当たった。
引っ張り出してみたところ、ノートパソコンよりもさらに小さい、モバイルノートパソコンが姿を見せる。
「その小さいのと、普通のノートパソコンを持って行ってほしいんです。
机の横にぶら下げている手提げに丁度入るはずですから」
机の横を確認したら、薄茶色の質素な手提げ鞄がぶら下がっている。二つのパソコンも言われた通り、ピッタリ入った。
「他に持って行くものは?」
「他は大丈夫です」
ゆめさんは大丈夫だというが、読みかけの本くらいは持って行っていいのではないだろうか。チラッと机の上の本に目を向けたところ、作者名の『藤野御影』が引っ掛かった。
気を利かせて持って行くべきか、言われていない事はすべきでないと放っておくべきか、今回僕は後者を選んでゆめさんに話しかける。
「鍵はどうしたら?」
「また来ることがあるかもしれませんし、持っていていいですよ。
でも、家探しはしないでくださいね」
「女性の家を荒らす趣味はないよ」
気にならないと言えば嘘になるけれど、信条に反する。
他に必要なものが無いのであれば、早く家を出ようと踵を返したが、ふと携帯を取り出してさっきの本の作者の名前だけメモしておいた。
ゆめさんに「どうしたんですか?」と尋ねられたけれど「何でもない」と返して、家を出る。誰かがゆめさんの家にやってくるんじゃないかと焦っていたけれど、考えてみたらやってくる可能性の方が低いのだ。念には念を入れたせいで、自分の中で必要以上に危ない事をしているのだと思いこんでいたらしい。
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