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幽霊作家③

 公園から家まで寄り道せずに歩いたら三十分かからない。しかし実際には一時間以上かかって、一人暮らしをしている家にたどり着いた。

 家と言っても、築何十年とたっているボロアパートの一室なのだけれど。

 仕事をしている時には実家に住んでいたが、仕事を辞めるのを機に、生活を変えたいからと両親を説得して一人暮らしを始めた。

 半年住んでいる家と言う事になるが、ほとんど物は増えていない。

 幽霊相手に座布団っているのかなと思っていたら、ゆめさんは勝手に床に座って白い目を僕に向けた。

「何で見かける人、見かける人の手伝いをするんですか」

「何でって、困っていたからね。もしかして、ゆめさんにはタイムリミットとかあるの?」

「無いとは思いますけど、ずっと無視される身にもなってください」

「ゆめさんと話したら、変な人って思われるから。それに見かけた人全員の手伝いをしたわけじゃないよ」

 やった事と言えば、軽い道案内や横断歩道の向こうまでの荷物運び程度。手伝いだけやってそそくさと去ったので、世間的に見て善行にも偽善にもならないのではないだろうか。

 ゆめさんはバツが悪そうにそっぽを向いたが、こちらを非難するようにぼやく。

「手助けをするのが悪いとは言いませんが、優先度って物があるんじゃないですか?」

「目の前に大事件があるから言いたいことはわかるけど。ゆめさんの未練を解消する交換条件の話だったよね」

「また急に話をものすごく戻すんですね……。まあいいです萩原さんを否定しろって、どういう事なんですか」

 ゆめさんは僕の言い分が納得できないようにムッとしたけれど、しぶしぶ話を進める。

 でも先に聞いておきたいことがあるので、話の腰を折らせてもらう。

「そう言えば、ゆめさんの未練って何なのかな?

 僕が手伝えるかもわからないし、条件とかの前に教えてくれない?」

「物語を完結させたいんです」

「物語っていうと?」

「こう見えても私、小説家なんですよ。結構有名な小説を書いていたんですけど、一シリーズ完結させることが出来ないまま死んでしまったので、完結させたいんです。

 萩原さんにやってもらう事は、パソコンに向かって私の言うとおりにタイピングする事なので、出来ると思いますよ。

 代わりに私に入ってくるはずだった報酬を、萩原さんにあげようかなと考えていたんです」

 この若さで自営業とはどういうことかと思っていたが、なるほど作家か。この年で作家と言うのも凄いのかもしれないけれど。

 本を読まなさそうという最初の問いも、恐らく自分の事を知っているのかどうか、という指標だったのかもしれない。

 反応を見た感じ僕が読書から遠ざかっていた事は、予想に反してゆめさんにとってプラスだったようだ。でもそれは、なんだか意外に感じる。

「そう言う事だったら、文章に慣れ親しんでいる人やゆめさんを知っている人の方が、良いんじゃないの?」

「下手に文章の活動をやっていたら、こちらの表現にケチなどつけて、私の指示通りにタイピングして貰えない可能性がありますから。

 私の作品を知っている人だったら、質問とか沢山されて自分のペースで書けなくなりそうですし……」

「たしかにね」

 何も知らない相手なら、深く考えずに作業してくれると言う事か。

 頷いた僕を見て、ゆめさんが大きく息をついていた事は気になったけれど、ただ安心しただけなのだろう。僕の想像力が足りずに「それがどうしたの?」とか言い出せば受けてもらえるかわからないし、説明するのも面倒くさそうだ。

 相手が作家だというのであれば、僕のもう一つの目的も達成できるかもしれないから、ゆめさんの反応は些細な事に違いない。

「うん、手伝ってもいいよ。お金は別にいらないんだけど」

「ようやく答えてもらえそうですね。条件の萩原さんを否定しろって、どういう事なんですか?」

「ゆめさんは死のうとしている人を探していたって言っていたけれど、僕が死にたかった理由まで知っているの?」

「いえ。私は単純にそういった人を探していただけですから。

 幽霊になったからって、心を読めるようにはならないらしいです。

 霊感がないのに萩原さんが私を見ることが出来るのは、たぶん萩原さんが私の求めていた、未練解消を手伝ってくれる人だったからなんじゃないかなと想像してますよ」

 想像とは言いつつも自信たっぷりに胸を張るゆめさんは、実年齢――享年?――よりも幼く見える。

 だけれどその意見については、僕も同意なので突っ込むことはしない。

 ゆめさんが両親の所に行けなかったのは、両親が死のうとはしていないと分かっていたからだろう。娘の分まで生きるんだとか、娘のような被害者を出さないように尽力するんだ、とか言っていたのをテレビで見た記憶がある。

 考察は置いておいて、今はゆめさんに説明をするのが先かと、話を進める。

「僕が死にたかったのは、自分が社会不適合者だって嫌というほど、理解したからなんだよ」

「社会不適合者って、つまり社会になじむ努力をしなかったって事ですよね。言い訳っぽいです」

「早速否定してくれてありがとう」

 ゆめさんの言葉に耳が痛い思いながら、無理やり笑顔を作って応じる。

 否定してほしいというのは、別に否定されて、嬉しいわけでも、何も思わないというわけではない。むしろ、普通の人よりも、精神的ダメージを負っている自信がある。

「こうやって僕の考えを否定してくれたら、やっぱり僕は間違っているんだ、社会に適合していないんだって確認できるから頼んだんだよ」

「分からないです」

「分からない方が良いよ」

 理解されたら、ゆめさんもこちら側の可能性が出て来るのだから。

 理解されたら、きっと心が痛くなるから。

 何か言いたげな顔でゆめさんが「否定すればいいんですね」と確認するので、「意識しなくても、否定するんじゃないかな」と軽く返す。

「あと、もう一つ頼みたいことがあるんだ」

「私に出来る事なら良いですが、見ての通り出来る事ってほとんどないですよ?」

「これに関しては今すぐじゃなくていいし、出来ると思うからゆめさんの方がひと段落したら頼むことにするよ。長い付き合いになると思うからね」

「一冊書くだけでも、一か月以上はかかりますからね。急いで萩原さんにやってもらわないといけない事もありますし」

「やってもらわないといけない事?」

「はい、私の家に行って貰えませんか? 一応変装して」

 本人からの頼みとは言え、死んだ人の家に行くのだから、身元は分からない方が良い。ゆめさんの言葉に同意して、まずは変装用品を買いに行くことにした。


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