幽霊作家⑭
放置し過ぎて、ゆめさんが不機嫌になっていないかなと、横目で確認してみたところ、真面目な顔をして、じっと空のコーヒーカップを見つめていた。小説のネタでも考えているのだろうか。
「いらっしゃいませ、お待たせしました」
着替えが終わったらしく、バイトの子が裏から出て来る。
着替えと言っても、普段着に黒のエプロンをつけたような格好だけれど。マスターに制服つくらないのかと訊く為に、顔を上げた時、バイトの女の子の顔が見えた。 夜が明けて、狙いすましたようにゆめさんが部屋の天井から現れる。
「おはよう」
「おはようございます」
ゆっくり降りてきたゆめさんが、朝食を食べているテーブルの反対側に座る。
「今日はどうするの?」
「何処か、喫茶店のような場所に連れて行ってくれませんか?」
今日も小説を書こうとはしないのか。何度も言うのはくどいので、黙っておくけれど。
ゆめさんご所望の喫茶店だが、一店だけ行き易い所がある。
「あんまりお客さんが居ないようなお店でもいい?」
「隠れ家的と言う事ですか? 人気がないと言う事ですか?」
「どちらかと言ったら、前者かな。ちょっと変わった事情があるから、面白いと思うよ」
「どういう事情ですか?」
貰った問いに、すぐに答えようと思ったのだけれど、一つ良い事を思いついた。
「個人でやっているお店なんだけど、基本的に開いているのが、平日の朝十時から、夕方の四時まで。金曜日が三時まででちょっと早く終わるんだよ。
テーブル席もあるんだけど、埋まるほど人が来ることも無ければ、大体がカウンターで済んでしまう。だから、僕が行きはじめてからテーブル席に座っている人を見たのは、数えるほどしかないんだけど、ゆめさんはどう見るかな?」
「昨日ので味を占めたみたいですけど、私は探偵ではなくて、作家ですからね?」
「喫茶店が開くまでの、暇つぶしって事で」
「やることも無いですし。分かりました」
ゆめさんが何かを考え始める。
今さらながら、自分の部屋に女の子がいるのは、初めてかもしれない。目に見える幽霊だったら、間違いなく初めてだ。
出入りするときには、壁をすり抜けたり、天井をすり抜けたりと非常識な事があるけれど、普段は床に正座している。
生前の感覚に引っ張られているのだろうか。
「隠れ家的な個人の喫茶店と言えば、老後の楽しみってイメージが強いですね。
ですが、これだと変わった事情とは言い難いです。だから、お金が余っているという考えは止めましょう。
儲けが出ないと生活が出来ないと仮定した場合、どう考えても喫茶店でやっていけてはいないですから、夜は別の事をやっていて、昼の空いた時間に喫茶店をやっていると言った所でしょうか。開店時間の話とも、合致するでしょうし。
金曜に早めに終わって、土日が休みなところを見ると、夜にやっているのは居酒屋でしょうか。
問題は、昼も夜も働いて、店長の体力が持つのかってところですね」
推理を終えて、どうですかと言わんばかりにこちらを見る。
ゆめさんの推理は、ほぼ合っている。たぶん、もう少しヒントを出していたら、完璧に言い当てていただろう。
称賛の意味を込めて、心の中で拍手をした後で、「正解は、行けば分かると思うよ」と話を終えた。
飲み屋街の一角に、例の喫茶店は存在する。ゆめさんが言っていた通り、夜は居酒屋をやっているからであって、昼間は閑散としている。
自分の予想が正しかったからか、ゆめさんは得意げに僕の後をついてきていた。
シックで落ち着きのある外装の店舗の前で足を止め、ゆめさんを一瞥して中に入る。
大人の店と言う外層とは異なり、喫茶店の中は明るい照明と、木のぬくもりを感じられる。
店に入って、カウンターまでにテーブルが五つほどあるが、構わずカウンターに向かった。
「いらっしゃいませ、って萩原じゃん。来るのは久しぶりだな」
「一か月ぶりくらいかな。相変わらず閑古鳥が鳴いているね」
カウンターの向こう、僕と同い年の店長がはっはっはと、声をあげて笑う。
親しげに話す僕達に疑問を覚えたのか、ゆめさんが「どういう関係ですか?」と尋ねるので、携帯のメモ帳に『高校の同級生』と書いた。
そこで、ゆめさんが僕の後ろに立っている事に気が付いたので、隣の座席を引く。
「座席に荷物を置くのは、他のお客様のご迷惑になるため、おやめください」
「代りコーヒー二杯頼むから、勘弁してくれない?」
「それなら仕方ないな」
「じゃ、マスターいつもの」
「あいよ」
マスターが後ろを向いたところで、ゆめさんが椅子に座るよにしてから「マスターって呼んでいるんですか?」と尋ねる。
先ほどと同じように、携帯で『慣れでね』と返した。
ゆめさんに急かされる前に、推理の答え合わせでもしようかと、サイフォンを見ているマスターに声を掛ける。
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