幽霊作家⑨
「代わりと言うわけではないですが、今まで書いたところを確認させてもらえませんか? モバイルの方にデータが入っていますから」
「了解」
小さい方のパソコンを取り出して、電源をつける。このモバイルノートパソコン、閉じた普通のノートパソコンの上に置いているだけれど、何も言われない。
画面が立ち上がり、パスワードを訊かれるので「ここは?」とゆめさんに尋ねる。
「059103279ですね」
「この数字もやっぱり目についたものなの?」
「これは、ノートパソコンの数字と対にしているんですよ」
「対になっている?」
ノートパソコンの方のパスワードははっきりとは覚えていないが、最初の数字は『1』だったはずなので、足して10になるわけではない。
他に数字で対と言われても、思いつかないのだけれど。首を傾げる僕を見兼ねてか、ゆめさんが助け舟を出した。
「覚え方としては、0を10と考えて、足して11にするんですよ」
「教えちゃってよかったの?」
「立ち上げるたびに、私からパスワードを聞くのは、私も萩原さんも手間ですからね。
『7』ってファイルの『六』ってデータを開いて貰っていいですか?」
ゆめさんのパソコンのデスクトップには、数字の振られたファイルが並んでいる。
『7』のファイルの中には、漢数字のデータが並ぶ。言われたデータを開いてから、ゆめさんの方を向く。
「何で数字で管理しているの?」
「便宜上ですね。タイトルは既に向こうに伝えてあるので、数字でやり取りした方が都合が良い場合が案外多いんです」
僕が書いたことがあるのは、せいぜい読書感想文程度や小論文だけだからピンと来ないけれど、ゆめさんが言うのならそうなのだろう。
少しの時間をおいて、画面に文章が表示されたけれど、僕はこれを見ていいのだろうか?
「僕は見ない方が良いよね?」
「見ないでほしいですけど、操作は萩原さんにして貰わないといけないですよね」
「要するに、ページを移動するだけでいいんだよね。だったら、出来るよ」
首を傾げるゆめさんを横目に、サッと操作して閲覧モードにする。あとは任意のタイミングで十字キー一つでページ移動は出来る。
「こんな事出来たんですね。スクロールするしかないと思っていました」
自分が使わない機能は知らないと言う人は割と多く、ゆめさんに関しては自分で調べる事も難しい。
僕とパソコンの間に入り込み、ゆめさんが自分の作品を読み始めた後、しばらくはゆめさんの様子を眺めていた。
ゆめさんがどんな合図をするのかを訊きそびれたのもあるが、何より一ページあたりの時間を知りたかったから。
ゆめさんの読む速さは、僕が想像していた以上のもので、一ページ当たり十秒もかかっていなかったように思う。初めのうちは「次お願いします」と言っていたものが、煩わしくなったのか「お願いします」に変わり、それでも大変そうだったので「次」で良いよと伝えた。
読み終えたゆめさんは、神妙な面持ちで視線を落とした。
何かを考えている様子なので、声を掛けるべきか迷ったけれど、今のままでは何も始まりそうにないので「これからどうするの?」と尋ねる。
「頭を使いたいので、ちょっと家を出て貰っていいですか?」
「小説書いた方が良いと思うんだけど、僕はタイピングが得意ではないし」
「大丈夫ですよ。もうあと少しですから」
「ゆめさんが良いならいいけど、外の方が集中できるの?」
「集中は出来ないですけど、書きたい事があっても、上手く物語として纏まってくれないんですよ。こんな時には、つなぎのようなものを探すんですけど、やっぱり家の中よりは外に居た方が思いつきやすいんです」
家の中より外は、というのは何となく分かるが、物語として上手く纏まらないと言うのはピンとこない。
はっきりしない表情の僕に、ゆめさんが「どうしたんですか?」と尋ねてきたので、「纏まらないってどういう事?」と興味本位に訊いた。
「ちょっと、上手く説明できる気はしないんですけど、例えば殺人事件でミステリって言ったら、探偵が出て来て事件を解決するとなるのは、予想出来ますよね?」
「お約束だよね。警察って可能性もあるだろうけど」
「では、文化祭でミステリって言われたら、どうですか? もちろん人は死なないですよ」
文化祭と殺人事件を同列にされても困るけれど、ゆめさんの問いにすぐには答えられる気がしない。諦めて左右に首を振る僕を見て、ゆめさんが続けた。
「今のはあくまで例ですが、その二つをくっつけるための、つなぎのようなものを探しに行きたいんですよ。
冗談ではなく、くだらない所から、アイデアが降ってくることもありますから」
「何となく分かったよ。で、何処か行きたいところはある?」
「この辺りの事は分からないので、萩原さんのお勧めの所に連れて行ってくれませんか?」
「人は多い方が良い? 少ない方が良い?」
「少ない方が良いですね。人が多いと私が無視されそうですし」
むしろ人が多い方が、独り言を話していても目立たないように思うのだけれど、思い当たる場所もあるので、「分かった」と短く返して家を出る事にした。
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