幽霊作家①
ビルの屋上、踏切、駅のホーム、樹海、崖、家の中、車の中、エトセトラ、エトセトラ。
様々な場所がある中で、僕は歩道橋の上が最も気に入っている。都会の駅前の大きな歩道橋ではなく、地方の町にある片側一車線の道を跨いでいるもの。すぐ近くに横断歩道があるため、ほとんど人が昇ってくることはなく、夜のピーク時には車がひしめいて後部の赤い光が、星のように並ぶのだ。
逆に昼間ならば稀にしか車が通らず、青い空の下で風が良く通る。問題があるとすれば、ここから跳び下りたとしても、死ぬことが難しい事だけ。痛いだけなのは勘弁願いたい。
上手く車が通れば、とも思うが、運転手に多大な迷惑をかけてしまうだろう。そもそも、僕が死ねば両親に迷惑がかかるのだけれど。それに、まだやりたい事も無くはない。
最後の仕事を辞めてから半年、気が付けば二十四回目の誕生日が終わっていた。年齢に頓着していないつもりだけれど、干支が二周したと聞いたら、それなりに感慨が生まれる。同時にもう十分生きたんじゃないかとも思う。
平日の昼間、誰もいない歩道橋で時折通る車を眺めていたが、今日も踏ん切りはつかなかった。踏ん切りも何も、まだ死ぬ気はないからなのだけれど。でも、やむを得ず命の鼓動が止まる事には憧れがあった。不謹慎だと言われるだろうが、日々事故や事件で亡くなる人が羨ましく感じる事がある。
死ぬ前に出来る事ならやっておきたい、その程度のやり残ししか僕の中には存在しないのだ。事故と言えば、最近も大きいのが一つあった。急な大雨に土砂崩れ。不幸なことにバスが土砂に飲まれて、乗っていた人は全員助からなかった。
中には僕とほとんど年齢の変わらない、自営業の女性が居たように記憶している。名前は覚えていないが、いっそ自分が変わってやれればと思ったから間違いはない。
社会不適合者である自分が生きていて、社会の一員たる彼女が死んでしまうのだから、世界と社会は違うのだなとぼんやりと考える。
季節は春、社会のどこにも属していない僕には、出会いや別れはそうそうないけれど、咲いた桜を愛でる事くらい許されるだろう。近くの公園に行くため顔を上げた時、頭上から「本、読まなさそうな顔してますね」と女性の声がした。
続いてニュッと現れた僕と同い年くらいの女性は、歩道橋の手すりの向こうで、確かに浮いている。状況に頭が追いつかない僕は、訝しげにこちらを見る彼女に「とりあえず場所を移動してもいい?」と声を掛けた。
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