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幽霊作家④

 変装と言えばマスクにサングラスをして、帽子を目深にかぶってと考えていたのだけれど、ゆめさんに止められた。代わりに黒の長めのかつらとマスクに新しい服を上下セットで買ってきた。

 言われるままにかつらの後ろを縛って尻尾のようにして、マスクをつけて、服を着替えたら、ちょっと髪は長いけど見かけないことはない花粉症の男性になる。

 普通の人を演じるのであれば、髪も長くない方が良いと思うのだけれど、むしろ印象に残る部分を一つ用意していた方が良いらしい。

 作家先生の考える事は難しいな、とは思うけれど、念には念を入れての変装だから口出しはせずにゆめさんの家へと向かう。

 ゆめさんの家は電車で三〇分ほどの場所にあり、平日の昼間で人のいない電車の中でボックス席の向かいに座るゆめさんに話しかけることにした。

「ところで、ゆめさんの家に行って大丈夫なの? 家の人とかいるんじゃない?」

「一人暮らしでしたから、大丈夫ですよ。親に家の場所は教えていないので、まだ置いてあるものも、そのままだと踏んでいるんですが……」

「信用しないわけではないんだけど、念のためにゆめさんが先に行って、様子を見て来るとかできないかな?」

 ここまで慎重に行動するように指示してきたゆめさんだから、素直に受け入れてくれると思っていたのだけれど、実際には困ったように首を横に振った。

「可能なら、私もそうしたいんですが、出来ないんですよ」

「自由に動けるって、言っていなかったっけ?」

「そうなんですが、今は萩原さんから、あまり離れられなくなってしまったみたいなんです。

 憑りついたという形になるんだと思うんですが……」

 言葉だけ聞くと恐ろしいが、今の所体調に異常はない。むしろゆめさんの方に制限がついたのか。

「家の近くまで行ったら、大丈夫だよね?」

「やってみます」

 ゆめさんが頷いて話が一区切りする。

 流れる景色は、町中から畑へと姿を変えていた。緑と青、そして黄色や白と言った自然を眺めるのも悪くはない。

 また無視されたと言われても困るので、ゆめさんに話を振る。

「ゆめさんは、一人暮らしなんだよね」

「だった、ですけどね。私も大人ですし、家族といるよりも一人の方が気楽ですから。

 実家に居た時には、何かと両親がちょっかいかけてきましたからね」

 うんざりとした顔にこちらも苦笑いで返す。僕も実家暮らしをしていた時には、やれ彼女はいないのかとか、仕事はどうなんだとか、いろいろ言われたものだ。

 逆に両親が一緒に暮らしていて助かることも多かった。ゆめさんとしては、厄介に感じる部分の方が大きかったということだろう。

 電車の窓から外を見ると、先ほどまでよりも家の戸数が減っている。

「ゆめさんって郊外の方に住んでたんだね。なんとなく市街地の方に住んでいると思っていたんだけど」

「確かに意外かもしれませんが、なんというか都合がよかったんですよ。

 それよりも、萩原さんも一人暮らしですよね。私としては助かりましたけど」

「働いていた時には、実家暮らしだったんだけど。仕事を辞めてから環境を変えたくなって、一人暮らしを始めたんだよ。

 だから、一人暮らし歴は半年の新米。働いていた時のお金があるから、当分お金に困ることも無くて、普通の一人暮らしとは違うかも知れないけどね」

「お金と言えば」

 ゆめさんが、思い出したと言わんばかりに手を叩いた。叩いた手から音はしないのだけれど。ゆめさんの行動によって、空気を振動させることはない表れだが、何故会話は出来るのだろうか。

 幽霊と言うものは想像以上に面白い存在かもしれない、と考えつつも、ゆめさんの言葉に耳を傾ける。

「萩原さんはお金はいらないって言いましたけど、受け取っておいてほしいんです。

 使うかどうかは萩原さんにお任せしますから」

「構わないけどどうして?」

「今のままだと、死んだはずの私の口座に残高が増えていきますから。

 不審に思う人が出てこないとも限りません」

 ゆめさんは、本当に細かいところに気が付く。死んだ人口座がどうなるのかは知らないけれど、最終的には遺産として家族の元へ行くだろう。

 もしくは凍結されて、入金側が気が付くか……。と言った所で確認したい事象が出てきた。

「今の話の流れだと、ゆめさんは自分が死んだことを知られずに、今まで書いていたシリーズを完結させたいんだよね?」

「おっしゃる通りですけど、話していませんでしたっけ?」

「自分の死を隠してって言うのは聞いてないかな」

「でしたら、ちゃんと話しますね。まず私が死んだと知られたくない理由は、私の作品として続編を出すことが出来なくなるからです。

 実は完結済みの原稿があった、ってシナリオでも悪くはないと思いますが、明日、明後日で書けるわけでもないですし、萩原さんの存在が公になる可能性があります。

 家族すら分からなかった遺作の場所を知っていたと言う事ですから、私との関係とか取材されるかもしれないですね。一応、それくらいの作品は書いていますから。ここまではいいですか?」

「僕からではなく、ご両親から遺作として出版社に持って行ってもらうって言うのは?

 原稿とメモを郵送したら、僕の存在を隠したままでいられるとは思うんだけれど」

 送り主を隠す事自体は難しくないだろうと提案してみたけれど、ゆめさんは首を縦には振らなかった。

「両親は私が作家だったと言う事を知りませんから、無理だと思います」

 過去に両親と何かあったのだろうかと、邪推してみるが、他人様の家庭事情を突いてもろくなことがないから、軽く流して電車の到着を待った。


#小説 #創作 #1話目 #オリジナル #ミステリ風

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