幽霊作家⑩
春の柔らかい日差しの下、境内に続く長い階段を上る。
尋ねておいてではあるが、都会ではないので、平日の昼間に人が多い所の方が珍しい。それでもちらほら人は居て、あまり話は出来なかったけれど。
二百段近くある階段の左右には、一定間隔で桜が植えられていて、階段を斑に染めている。
綺麗な神社ではあるが、この長い階段もあって、平日にやってくる人は少ない。
風に揺れる桜は十分に足を止める理由になるけれど、目の端に映るに任せて歩みを緩める事はせずに、歩き続けた。
「この階段って何段くらいあるんですか?」
「何段だろう? 二百段くらいだとは思うんだけど、数えた事ないから分からないかな」
「じゃあ、数えてもらえば良かったですね。階段を上らない私は数えにくいですから」
「数えて欲しかったら、帰る時に数えるし、知っていそうな人がいたら尋ねてみるけど、やっぱり小説関係?」
「意味のある数字だったら、ネタにしやすいですからね。
同じフィクションでも、元ネタがあった方が現実味が増して面白いですし、現実は小説よりも奇なりとも言いますしね」
僕の隣を滑るように着いてくるゆめさんに、「何段だと思う?」と訊いてみた。
少なくとも僕よりは神社などには詳しいだろうし、あとで話題にもできるから。
「百九十八段ですね」
「どうして?」
「九十九足す九十九が百九十八だからです」
僕が理解できない事を分かったうえでの発言なのだろう、からかうように言ったゆめさんは「上に付いたら、教えてあげます」と境内の方に飛んで行ってしまった。
すでにだいぶ上まで来ているので、急ぐこともせず、ゆめさんに遅れる事数分で階段を上りきる。
春先で、ゆっくり歩いたおかげもあって、汗一つかかずに上ることが出来たので、そのままゆめさんを探した。木々に囲まれた神社は、正面に本殿があり、左手に手洗い場が設置されている。
「萩原さんこっちです」
右手から声に目を向ける。木製の看板の前にゆめさんが立っていて、看板を見るように促した。
先に手を洗ってから、看板を読みに向かう。
登って来た階段は人生階段と言って、男九十九歳までの九十九段、女九十九歳の九十九段で百九十八段あるらしい。九十九で止まるのは、九十九で多いと言う意味があるから。
「知っていたの?」
「知っていたと言うか、階段に書いていたんですよ。米寿とか喜寿とか。
厄年とかも書いていましたね。萩原さんが上ばかり見るので、下を見ていたら見つけました。
白寿はあっても百寿は無かったので、九十九までだと気づきましたね」
気が付いた事が事実か確認するために、段数を訊いたと言う事か。
本当に良く見ている。此処に来るのが基本的に風景目当てで、看板すら知らなかった僕とは大違い。
だが、足元ばかりを見ていたゆめさんには、気が付かない事もあるだろう。
今度は僕がゆめさんを呼び、階段の方へと連れて行った。
「上から見ると、桜の道って感じが一段と増しますね」
感心した声を出すゆめさんの隣で、見下ろした階段は、見える木の茶色が少なくなり、代わりに桜色が強調されている。
ゆめさんが好むかどうかは分からなかったけれど、悪くない反応で安心した。
びゅうっと風が吹いて、木々が騒めいた時、思う事があってゆめさんの方を見た。
巻き上げられる花びらに「おお」と声を漏らしているゆめさんの、髪も服もやはり全くはためかない。
こちらの視線に気が付いたのか、「どうしたんですか?」と首を傾げるゆめさんの、動作に合わせて動く髪と服を見ながら「何でもないよ」と返した。
ゆめさんが怪訝そうな顔をしていたら、神社の奥の方から、女性の悲鳴にも似た叫び声が聞こえてくる。
声の元に向かってみたら、大人しそうな、大学生くらいの女の子が、慌てた様子で自分が持って来たであろう荷物を漁っていた。
絵でも描いていたのだろう、彼女の近くにはスケッチブックと筆記用具が散乱していて、彼女自身は黒のクロッシェ帽を被り、首にタオルを巻いている。
観察するように女の子を見ているゆめさんを放置して、「どうしたんですか?」と声を掛けた。女の子は驚いたようにビクッと体を震わせて、不安そうな顔をしてこちらに視線を向ける。
「あの、えっと。カメラを失くしてしまって、声が聞こえていたみたいですね。ごめんなさい」
「一緒に探しましょうか?」
「だ、大丈夫です」
言いながらも、何かを探すように目を彷徨わせる姿は、あまり大丈夫には見えないのだけれど。だからと言って、無理に首を突っ込む必要も無い。
一旦別れてカメラを探し、見つかったら渡すのが、理想だろう。しかし、情報が少なすぎる。
「思い当たる節がありますよ」
「本当?」
しぶしぶ出されたゆめさんからの打開案に、思わず声を出してしまい、女の子が僕を怪訝そうな目で見た。慌てて、「何でもないよ。頑張ってね」とその場を離れる。
入口まで戻ってきたところで、ゆめさんに「思い当たる節って?」と尋ねた。
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