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幽霊作家㉖
周りを気にしないで良いと言う事で、結局自分の家に帰ってくる。
テーブルを挟んで二人で座り、ゆめさんが何か言い出す前に、話すことにした。
「別に怒っていないわけじゃないんだよ」
「そんな風には見えませんでしたけど」
「特に『意味わからない』って言った時とか、若者全体の話に波及させた時とかはカチンときたけど、なかなか怒るのって難しいんだよ」
「どういうことですか?」
不機嫌そうに尋ねるゆめさんを見つつ、上手く話せるかと少し心配になる。
「さっき、ゆめさんはあの人が僕の事情を知らないで、みたいな事言っていたよね」
「知っていたら、あんなこと言えないはずです」
「確かに相手の事を考えるのは大事だと思うんだけど、考え過ぎると何も言えなくなるんだよ。
これは考え方の話になるんだけど、例えば漫画家になろうとする子供を止めるべきかどうか。子供には安定して貰いたい、不安なく幸せに生きて欲しいから、不安定な漫画家を目指してほしくない。子供の夢だから、自分たちが出来る範囲で精いっぱい応援したい。
これはどちらも等しく親心だと思うんだよね。
ゆめさんはどちらが正しいと思う?」
「私としては後者ですが、どちらも言いたいことはわかります」
多数意見としては前者だと思うのだけれど、ゆめさんは小説家だからか。でも、立場がはっきりしていることは、良い事だ。
「どちらのメリットもデメリットも考えて、結局動けなくなるのが今の僕になるんだよ。
状況は変わるけれど、今日の人もこちらの事情も知らずにとか、言っている事は一理あるなとか、考えるから怒るに怒れないんだよね。
場所が変われば、男性が言っていた事も真になるんだし」
「相手を考え過ぎて、何も言えなくなるんですね。
では、萩原さんのあの男性に対する、率直な感想を教えてください。思う事はあるんですよね?」
物語にする以上、裏で僕がどう思ったのかというのは必要なのはわかるので、出来る限り答える事にした。
「印象は良くないよね」
「あれで良いって人は居ないと思います」
「仕事が上手くいって嬉しいのは分かるけど、場所は選ばないとね。
感情のままに好き放題発言するのは、大人のやる事じゃないなと思う。
特に今回は赤の他人相手だし、他にも客のいる店の中だったしで、目も当てられない。
話した内容については、一意見としてもっともだと思うところもあるけど、漫画を書く事を『意味わからない』って言ったのは、カチンときたかな。
全てに理解を示せとは言わないけど、自分に興味がない事を全て無意味にして、切り捨てるのは流石に視野が狭すぎる。思うのは仕方ないとしても、本人の目の前で言って良いわけじゃない。
ただ、漫画家を目指すにあたってのリスクは、否定できない。どの仕事だってギャンブルだけど、漫画は一段とギャンブル性が高いだろうし」
こんな所だろうと、話を止めたら、ゆめさんが「で」と何かを促す。
何を言いたいのか分からずに首を傾げたら、「萩原さんが言われた事に対してはどうなんですか?」と続いた。
「僕自身に言っていた事は大方、そうだろうなって感じだったよ。
今の僕を受け入れてくれる会社はないと思うし、自分のお金とは言え、無職でフラフラしていて両親には申し訳ないとも思うし。
あの人が言っていたような若者も、世の中それなりの数居るだろうしね。
でも、『若者』で括る必要はないよね。僕は無職だけど、ゆめさんは小説家として立派に働いていたわけだし、マスターも少規模ながらお店を経営している。この三人だけみても、一つにまとめられるわけない。テレビを見たらスポーツ選手は、僕らより年下で、世界と渡り合っているしね」
「それだけですか?」
「あとは『社会の荒波』って言葉が好きじゃないってくらいかな」
「社会の荒波、ですか?」
ゆめさんの小難しい表情が、久しぶりに疑問に塗り替えられる。
「僕は、社会に荒波が必要な理由が、分からないんだよね。
既に現実の壁が存在しているんだし、さらに荒波何て起こしたら溺れるんじゃないかな」
「説明して貰っていいですか?」
ゆめさんが、僕の事を理解しようと真っ直ぐな目を向ける。
「見方によっては、現実も社会も変わらないのかもしれないんだけど、現実の壁って言うのは要するにその人の限界かな。
例えばつきたい職業につけなかったとか、どうしても自分には出来ない事があるとか。努力が報われなかったって感じなのかな。現実だから起こり得る、不測の事態とかも入れて良いかもね。
対して社会の荒波は、人為的な理不尽ってイメージ。ミスをしたから怒るとかではなく、上司のミスを押し付けられるとか、イライラをぶつけられるとか、自分の手柄を上の人間にとられるとかね。公的なルールを違反している場合もこっち」
「私としては全部ひっくるめて『社会の荒波』だと思いますけど」
「要するに、他人には政治や社会のせいにするな、と言いつつ、自分の言動については社会の荒波って言葉で片付けようとする人が一定数居るってこと。
大体自分の時は荒波だったから、次の世代は小波くらいにしようとした方が、生き易いと思うんだよね」
僕の言葉を聞きながら、言う事を考えていたのか、ゆめさんが僕の話の短い間で「苦労は買ってでもしろ、って言いますよね」と意見を述べる。
「ルールの範囲内での苦労なら、すべきだと僕も思うよ。でも実際は苦労し過ぎて、死という結果になる人もいる。
世代が変われば、教育や社会も変わるだろうし、教育が変われば、基本となる考え方も変わる。考え方が違えば、それぞれ違った悩みが出て来る。
世代、もっと言えば個人個人で、苦労する事も違うのに、上の代の苦労まで背負ったら潰れると思うよ。
子供の時に言われなかった? 自分がされて嫌なことは、他人にはしちゃいけないって。自分が大変だったんだから、お前も大変であるべきだって言うのは、変な話じゃないかな?」
こちらが畳みかけるように言ったからか、ゆめさんが言葉を探すように、一点を見つめている。
このままゆめさんの言葉を待ってもいいのだけれど、変な考えに行きつかれても困るので、先に求める答えを提示することにした。
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