幽霊作家⑮
「「あ」」
バイトの子と声が重なる。二人の反応を見て、マスターが「知り合いだったのか?」と驚いた様子を見せる。
「あの、昨日カメラを見つけてくれた方ですよね?」
「その節ではどうも」
「ごめんなさい、昨日は名前も言わずに」
頭を下げるバイトの子を見て、マスターが「どういうこと何だ?」と首を傾げる。
何も知らないまま話を続けても、マスターに悪いだろうと、昨日女の子が無くしたカメラを“偶々”見つけた事を伝えた。
マスターは「偶々ねえ……」と意味ありげに繰り返してから、「良かったな」と女の子の方を向いた。
女の子の方は「良かったです」と笑顔を見せてから、照れたようにえへへと頬を赤く染める。
「わたし、今宮香穂って言います。お名前教えてもらってもいいですか?」
「あれ、香穂ちゃん。みほしじゃなくていいの?」
「香穂でいいんですって」
「どういうこと?」
名前としては、どちらにせよ今宮さんと呼ぶからいいのだけれど、普通は二つも名前はない。昨日ゆめさんが言っていた事から、ある程度察する事も出来るけれど、せっかくだから昨日の、ゆめさんの推理の、答え合わせをしてもいいかもしれない。
「わたし、一応漫画家を目指していまして、今宮みほしって言うのは、ペンネームなんです」
「だから昨日、絵を描いていたんですね」
「背景の練習を、と思いまして」
「僕は萩原稔。マスターとは、高校時代からの付き合いなんですよ」
今宮さんが「マスターの同級でしたら、わたしの方が年下なので、畏まらないでください」と返す中、ゆめさんが「そう言えば萩原さんって、引っ越してきたんですよね?」と首を傾げる。
『ここから高校まで、バスで二時間以上かかるんだよ』とゆめさんの思考の先回りをして答える。
つまり僕が、親元から呼ばれたら行ける程度の所に引っ越しただけなのだ。
気が付けば今宮さんとマスターが何かを話していて、お礼を言った今宮さんが、カウンターの向こうから僕の所まで回り込んできた。
「萩原さん、昨日のお礼がしたいんですけど、何かわたしに出来る事はありませんか?」
「仕事中だよね?」
「それはいま、俺が許可した。あんまり時間がかかるようなら、その間の給料は出せないけどな」
許可を得ているのならいいか。お礼と言う事ならば、今宮さん個人の事だから、働いたとも言えないし、給料が出ないのも当然だがわざわざ言ったのは僕がいるからか。
だが、お礼と言われても、何も思いつかない。別に恩を売るつもりでもなかったので、答え合わせの続きに協力して貰う事にしよう。
「それじゃあ、いくつか質問してもいい?」
「良いですよ。何でも答えます」
今宮さんは豪語するけれど、スリーサイズとか訊いても、教えてくれるのだろうか。雇用主からストップをかけられるだろうし、尋ねはしないが。
「とりあえず、年齢は十九歳であっているかな?」
「えっと、今年で二十一になりますけど、どうして十九歳だと思ったんですか?」
いきなり年齢を訊いたせいか、それとも口にした年齢が微妙にずれていたからか、今宮さんが怪訝そうな目を向ける。カウンターの向こうでは、マスターが引いているのが分かった。
「カメラが落ちていたのが、階段の十九段目だったから、十九歳前後なのかなって思って」
「去年本厄で、厄払いとかしなくて大丈夫かなって調べた時に、忘れちゃっていたんですね。
確かに十九歳って思われそうです」
「階段ってどういう事なんだ?」
合点の言った今宮さんとは対照的に、今度はマスターが声をあげた。蚊帳の外になるのが嫌だっただけかもしれないけれど、簡単に神社と年齢に見立てた階段について、簡単に説明する。
「質問の続きなんだけど、あのカメラってやっぱり大切なものだったのかな?」
「高くはないんですけど、ずっと資料集め用に欲しいと思っていて、初めて貰ったお給料で買ったもので。
買ったばかりって言うのもあって、取り乱してしまいました」
「なるほどね。ありがとう」
ゆめさんが言った事は、年齢以外ほぼ正解ってところだろう。
今宮さんはこちらの様子を窺って、これ以上質問がない事を確認してから、「では、店の前の掃除に行ってきますね」と箒を片手に、外に出て行った。
今宮さんを見送ってから、マスターが胸を張ってこちらを見る。
「どうだ、働き者で良い子だろう」
「マスターには勿体ないね。ところで、彼女にマスターの本名は教えているの?」
「そう言えば、教えてないな」
「だと思った。何かの機会で雇用主の名前を訊かれた時に、答えられるように名前くらい教えておいた方が良いよ」
「ああ、忠告どうも」
「それじゃあ、今日は帰るよ」
会計を済ませてマスターの喫茶店を後にする。外に出た時に、今宮さんが居たので、軽く挨拶をして、家に帰る事にした。
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