オフィスひめの通信 77号
-オーソモレキュラー医学が拓くwell-beingの未来-
2024年9月15日と16日、姫野友美先生が大会長を務める国際栄養医学シンポジウム2024が開催されました。タイトルは「オーソモレキュラー医学が拓くwell-beingの未来」です。栄養療法を標準治療にしたい、すべての人にオーソモレキュラー医療を届けたい、という思いを共有する講師陣による素晴らしい講演会でした。
すべての人に栄養療法を届ける意味について少し紹介させてください。台湾から参加された許 崇恩先生が、慢性甲状腺炎(橋本病)を抗酸化・抗炎症作用を持つミネラルで治療した例を報告された際、大変印象的なことを言われました。
「冷え、便秘、不眠、脱毛、疲労などは甲状腺機能低下症の典型的な症状です。しかし、老化のせいと片付けられて甲状腺疾患を疑われることが少ないです。甲状腺ホルモンを測っても正常だとそこで終わり、運よく抗甲状腺抗体高値が見つかったとしてもホルモンが低下するまで治療が行われることはありません。甲状腺が荒廃して初めて甲状腺ホルモン補充が行われます。実際には甲状腺ホルモンが低下する前に慢性炎症によって上記のような症状が出現しているのに治療がなされないことや、甲状腺が荒廃するのを黙ってみているのはおかしくはないですか」と。許先生は、栄養療法によって自己抗体が低下したり、症状が改善したりした例を多数報告されました。
もう一つ例を挙げます。在宅療養をしている新井正晃先生の報告です。末期のがん患者さんを多数診ていらっしゃいます。鎮静や鎮痛などの優れた緩和医療を提供する大きな病院でも驚くほど栄養には無頓着です。ビタミンB群の投与によって食欲不振が改善した人、ミネラルなどの投与によって頑固な痛みが改善した人、薬と栄養を組み合わせることによって腹水が減少した人などのご紹介がありました。がん末期では治療の方法がないと考えられがちですが、QOLの改善は患者さん自身にもケアする人にも幸福をもたらします。我々は様々な状況にある人に栄養療法を届ける使命があると改めて気づかされました。栄養療法を特別なものと考えている方もいるかも知れませんが、私達は皆、食べて寝て活動しているわけですから日常そのものが栄養療法といっても過言ではありません。その中で自分に合ったやり方を見つける術をより多く知っているのが栄養療法の担い手です。
シンポジウムでは、日本女性の鉄欠乏と少子化の問題、健康寿命の延伸や老化そのものをターゲットにした治療、免疫療法を組み合わせたがん治療、水素栄養療法、アスリートの栄養など様々な分野の講演がなされました。機会があればまた紹介したいと思います。
当院の姫野院長も大会長講演を行いました。講演ではオーソモレキュラー医療の現在の取り組みや未来について次の4つを提案しました。
栄養医学を学校教育に組み込むこと
健康経営への応用
予防医療
栄養療法のDX化
栄養療法が出来るだけ多くの人に届き、当たり前の治療になるよう、仲間を増やしながら日々努力していこうと思います。
-プラネタリーヘルスとネイチャーポジティブー
日本オーソモレキュラー医学会アンバサダーに就任した桐村里紗先生の講演もありました。大変印象深かったのでご紹介したいと思います。現代社会は人間の活動によって地球を致命的に破壊している人新世なのだそうです。特に生物多様性の破壊が深刻です。例えば、化学肥料や農薬の使用や単一の植物の生産などは土壌の微生物に悪影響を与えます。ダムなどの治水や護岸工事は、これまで森林の土の中で自然にキレートされて海に流れ込んでいたミネラルを減らして海洋の生態系に影響を与えます。人工物に溢れた都会の作り方や人口やGDPの爆発的な増加などの自然や生態系への負荷の増加が、超えてはいけない限界を超えて異常気象や戦争や生活習慣病などを引き起こしているという捉え方です。
一人一人の健康に焦点をあてるのではなく地球全体の健康を考える、バラバラに問題を解決するのではなく全体を最適化する、そのような考えをプラネタリーヘルスと表現しています。再生的な開発をし、その試みによって生物多様性の損失を止め、回復に向かわせようという試みのことをネイチャーポジティブと呼びます。
ソニーコンピューターサイエンス研究所とJリーグのガイナーレ鳥取、tenrai株式会社が共同で行った協生農法の取り組みでは、生物多様性指数偏差値が50.9だった砂地を1年4か月で85.5にしました。桐村里紗先生は現在鳥取県江府町で協生農法の社会実装をしています。
都会に暮らす私達にも気軽に始められる具体的な取り組み方があります。例えば都会のビルの屋上に多種多様な花や野菜などを植えて収穫したり、昆虫が生息できる環境を整えるたりすることもその一つです。
異常気象や社会情勢に不安を持たれている方も多いと思いますが、具体的に出来ることがあると思うと元気が出ます。地球の健康は自分だけでなく子供たちの健康にもつながっています。自分の身の回りでまずは出来ることから始めてみませんか。
-PANS/PANDAS-
PANS/PANDASという病態をご存知ですか。PANSは小児急性発症神経精神症候群、PANDASとは連鎖球菌感染に関連する小児自己免疫性神経精神障害のことです。
主な症状には、
急性の強い不安感やチック
感情の起伏が激しく抑うつ状態が見られる
急に怒りっぽくなり攻撃的な行動を示す
以前出来ていたことが出来なくなり幼児期に退行する
学業成績が急に悪化する
光、音、におい、味、触感に対する過敏症状
書字障害、不器用さ、運動機能の異常
入眠困難や夜間覚醒
頻尿 (本間良子先生の講演抄録より抜粋)
などがあります。こだわりが強く順番にこだわってみたり、消しゴムの角を怖がったり、パンの耳しか食べないなどの変わった偏食が見られたり、特定のトイレに行けなくなったりなどが実際に見られた具体的な症状です。この病気の特徴は、風邪などの症状の後に急に症状が出ることなのですが、感染症の症状が軽かったり、病み上がりだからかしらなどと考えて様子を見ているうちに時間が経って、契機となる感染がわからなくなったりして診断が難しいのが実態です。小児科医でも PANS/PANDASを知らない方が多く、症状だけだと発達障害などにとても似ているので、なおさら診断は難しくなります。大人にとってはとても手がかかるようになるため、ついイライラして怒鳴ったりしてしまいます。
本間良子先生は、「このような症状を個性として見守るのは間違いであり、怖くて不安で困っている子どもを助け出してあげなくてはならない。」と強調されていました。そのためには、診断し治療できる人を一人でも多く育てる必要があります。我々もまだ勉強不足で上手に診断や治療が出来るか自信がありませんが、「自分の子ももしかしたら」と気づいてもらうきっかけにしていただこうと思い、今回記事に載せました。
執筆:西澤真生(ひめのともみクリニック医師)
発行月:2024年10月