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第1章『例題』


昨夜からずっとクラブハウスで「福山雅治いい曲全部&LIVE」が流れていて、つい聞き入ってしまい進みません(笑)でも心の絶対法則をあと1週間のうちに落とし込みたいのです。なぜなら内海先生に直接なんでも質問出来る機会があるから。アウトプットの場としてこの場をお借りして、興味のある方に読んで頂けたら幸いです。

内海聡先生についてはご存知の方も多くいらっしゃるかと思います。YouTubeやニコニコ動画、Twitter、Facebookなどで先生の考えは沢山学べます。

始めに。

「心の絶対法則」は虚無主義思想に基づいて構成された法則で、内海先生自身も虚無主義思想だと仰っています。正しいものなど何もないのになぜ人は正義ばかり競って本質に気付かないのかと。
私も虚無主義に近く、世の中に絶対はない、正しいことなんか誰にも分からない、ましてや情報もデータも本当に正しいかどうかなんて分からない。だとしたらこの世に絶対正しいことなんてなくて、人の心もこの世の物事は全て移り行く、諸行無常。期待もしないし傾倒することもなくなりました。

以前はメンターを持つことが大事だと思っていたけれど、そのメンターでさえ所詮は人間。間違いもあるだろう、偏った思考の時もあるだろうと。
メンターの定義は人それぞれだと思いますが、私にとってのメンターは聖人君子の様な父親の様な絶対的に信頼できる方。でも絶対なんてないんだと、そんな人は存在しないんだと分かった時点で自分が全てだと思った次第です。

例題。

【心の絶対法則】第一章では心の法則を示す以前に、法則とは無関係に対照的な2人の政治家の例を取り上げられています。

・一人は目は税金廃止、給料UP、平和国家を目指して軍隊に頼らない政治、原発廃止、福祉充実、女性の権利を尊重強化など人々が平和で平等な中で生きる事を目指す政治。市民としてはとても喜ばしい事ばかり主張。
・二人目は貧困層から更なる搾取をするべく増税。しかし搾取していると気付かれないように上っ面の綺麗な言葉で市民を丸め込み、情報操作もして、自分は賄賂を受け取りながら賄賂を受けた他人は厳しく追及、強いものには媚びを売り弱者にはぞんざい。

どちらの政治家がよいのか選びたくなるが、その行為がすでに間違っていると内海先生。どちらも選ばなくてよく、前者を選ぶ人間は詐欺師に引っかかる目先中心欲望主義、後者は正直な目先中心欲望主義、つまり真逆に見えても本質は同じと。そして物知り顔で反論する人々は自己陶酔しているだけで行動しない結局は人任せの卑怯者の目先中心欲望主義にすぎない。

つまり人類全体が目先中心欲望主義であることを、当初の段階で99.9%の人は気づけないのである。それすなわち、「心の絶対法則」の初歩を知らないということなのだ。

【心の絶対法則】

●人は現実を直視できない自分を決して認めようとしない。
●本書は、読者の現実直視能力を問うものである。

【ほぼすべての人は、自分が見たいものしか見ない】ユリウス・カエサル

一読した時はこの2人の政治家の本質が同じで、そして傍観しているだけの私も同じ目先中心欲望主義なんだという事がぴんと来ませんでした。
でも内海先生のYouTubeを観たり著書を読んだり、講義を聞くうちに、確かに自分も同類だと気づかされました。人間は愚かだと。

ウィルスの事もマスクの事も繰り返す戦争だって人間って本当に何をやっているのかと思います。何をやっているんだと思いもしない情報を鵜呑みにして自分の頭で考えずに捲かれるだけの人間。かたやそんな人たちを眺めてどうしてもっと考えないんだろうかと憂いて知った風な人間(←自分は後者)どちらも同じですね。動物の方がはるかに愛情深く人道的で(人道的とは言わないか)摂理に従って生き、格が高い生き物だとつくづく思います。

「心の絶対法則」を学ぶことは問題の本質をあぶりだす作業でもある。日本人の大好きな「言い訳」「自己正当化」「依存」を打ち壊す作業でもある。

冒頭から心にずんと重くのしかかります。でも上辺の綺麗ごとだけではなくて本当のところどうなのかという奥底に潜むものが知りたかったのです。

次回は第2章『事実観察の絶対法則』についてです。

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