繁殖を禁止されたブリーダー③:遺伝子検査は何のため?
前回は、ノルウェーでイングリッシュ・ブルドッグ(ブルドッグ)とキャバリア・キングチャールズ・スパニエル(キャバリア)の繁殖が違法とされた裁判の続報をご紹介しました。9月に行われる第2審の結果に注目です。
今回は、ノルウェーの件をきっかけに、日本における犬の繁殖を改めて考えます。これまで何度も色々な角度からご紹介していますが、このnoteを始めたきっかけでもあるので、ねちっこく…^_^;
遺伝子検査はごく一部
日本でも、ワンコの健全な繁殖に意識が高まっているかのように見えることがあります。ペットショップの店頭や繁殖業者のウェブサイトで、 “遺伝子検査済み” の表示を見かけます。遺伝性疾患のうち、一部の「単一遺伝子疾患」は発症リスクの有無が確認できます。
でも、依然として課題は山積みです。シドニー大学(オーストラリア)が整備しているデータベース「OMIA」によると、犬に関しては400近い単一遺伝子疾患が報告されています。一方、生体販売業者が行う遺伝子検査は例えばチワワはPRA(進行性網膜萎縮)、コーギーはDM(変性性脊髄症)など、ごくわずかです。
現在の技術でも、すべての単一遺伝子疾患の検査ができるわけではありません。また、検査が可能な病気でも、あらゆる犬種にすべてを行う必要はないでしょう。犬種ごとに発症しやすい病気の傾向は分かっています。ある程度は、絞って検査するのが現実的でしょう。
でも、現状は犬種と検査の種類が最低限に限定されていると言っても間違いではないでしょう。トイプードルには3種類の遺伝子検査を行っているとする事業者もいますが、ごくごく一部です。全国展開しているペットショップでも、まったく実施しない会社もあります。明確に、"遺伝子検査はしない"と表明している大手の競りあっせん業者もいます。
免責とマーケティング
「遺伝子検査済み」という表示が、別の意図に利用されている印象もぬぐえません。健康面で問題が生じた場合、販売者側が責任を負わないための対策でもあります。
さらに、優良な事業者という印象を与えるための、マーケティング戦略としての役割もあるでしょう。子犬は彼らにとって「商品」。しかも近ごろは100万円を超える高額商品もザラです。品質チェックをするのは、
基本中の基本。
アタリマエ
のことじゃないのかな…
犬たちの健康と家族(飼い主)の幸せのために、本当に充分で効果的かどうかには議論の余地があると思います。
コタロー君のケース:「補償はできません」
以前、単一遺伝子疾患の「セロイドリポフスチン症(CL)」と闘うチワワさんを少しご紹介しました。
コタロー君は先日、3歳のお誕生日を前に亡くなったそうです…。「3歳までは生きられません」と言われてから約1年。飼い主さんは昼夜を問わず愛情いっぱいの看病を続け、コタロー君もそれに応えるように病気と闘っていました。
コタロー君のご家族は、同じ病気で苦しむワンコが増えないようにと願っておられます。闘病中から、ペットショップとその運営企業には何度もコンタクトを試みました。繰り返し伝言を残しても返事がなかったり、「担当者が退職して分からない」という答えだったり…。結局、コタロー君の病気は、
ということだったそうです。検査や治療、投薬などに莫大な費用がかかったことは想像できます。でも、ご家族が望んだのは「補償」よりも、まずは真摯でシンプルな「申し訳ありません」という言葉だったのではないかなと感じます。
ご家族の願い
コタロー君のご家族は、今も粘り強く訴えかけています。同じ苦しみを味わう "きょうだい" が生まれるような繁殖が行われないように。最初にコンタクトを取られたのは、2021年の10月頃のようです。
それから約1年、いまだにコタロー君が生まれた繁殖屋がこの事実を認識しているのかどうか、定かではないようです。ブログを通じて見つかった、コタロー君の弟くんも最近、同じ遺伝性疾患で亡くなったそうです。
先日、ママさんからDMを頂きました。やっと、ペットショップの担当者と会って話ができることになったそうです。
ご家族が望んでおられるのは、複雑なことではないと思います。生体販売事業者の責務として、不幸な命の誕生を防ぐ健全なブリーディングへの取り組みでしょう。
相手は「全国に200店舗以上」の大手です。自社の利益だけでなく、社会への責任も生じるのが企業です。取引のある繁殖屋への指導や、競りあっせん業者への働きかけも含め、現状を改善していく責任があるはずです。
私たちが解決できる遺伝性疾患
前回ご紹介したノルウェー動物保護協会 (NSPA)代表のエアシャイルド・ロールドセット獣医師が言うように、現代のブリーディングはサイエンスであるべきです。秩序ある繁殖を行うことで、病気に苦しむ犬は少しずつ、でも、確実に減らすことができるのです。
もちろん、
根底に愛情があることは大前提
です。ただ、今は遺伝などに関する様々な情報が簡単に手に入ります。そうした科学的知識を持つことも、愛情の1つではないでしょうか?
さて、遺伝性疾患はこのような単一遺伝子疾患だけではありません。次回は、"パンデミック" 状態にまでまん延している膝蓋骨脱臼(パテラ)などの遺伝性疾患である多因子疾患について、しつこいですが、改めてご紹介します。
その上で、ノルウェーでの裁判から学ぶ、
動物愛護が、
社会的に広く
共感を受けるために
必要な姿勢
なども考えてみたいと思います。極端で不正確で感情的な主張が、本当に動物たちの幸せにつながるとは、私は思わないのですが…