狂犬病をまた考える④イヌからの感染はゼロ
前回、「99%までがイヌからの感染」という表現について、WHO(世界保健機関)などの文書やデータを基に考えてみました。この表現は、狂犬病がまん延している地域に向けた象徴的な意味合いが強いと感じます。今後、疫学や感染症、医療統計などの専門家を探して、論理的な検証をしてみます。
さて今回は、同じ話題を別の視点からご紹介します。アメリカでは、狂犬病による数名の死者が毎年報告されています。医療体制や衛生環境、経済、動物との関わり方など様々な観点から、前回のタンザニアのケースよりも私たちの参考になるはずです。
感染源はイヌでなくコウモリ
アメリカでは、ヒトの狂犬病感染源で最も多いのはコウモリです。CDC(アメリカ疾病予防管理センター)によれば:
アメリカ獣医師会(AVMA)は、2003年1月から2016年9月に狂犬病を発症したケースをまとめています。13年9ヶ月の間に35人が亡くなっており、そのうち22例は国内で感染しています。
やはり感染源としては、コウモリが19例(うち臓器移植による感染が5例)と最多でした。そのほかはアライグマが3例(うち臓器移植によるもの2例)で、イヌからの感染はゼロ。アメリカの自治州であるプエルトリコでは、マングースからと考えられる感染で2名が亡くなっています。
インドや東南アジア、アフリカ諸国などのまん延国とは違い、感染源はイヌでないことが明らかです。「95%を超えるケースで感染源はイヌ」とか「最大99%がイヌからの感染」という表現は、少なくともアメリカには当てはまりません。
ちなみに合衆国の外で感染し、帰国後に発症・死亡したと考えられる11例の感染源は以下の通り:
メキシコ(キツネおよびコウモリ合計2例)
ハイチ(イヌ×2例)
エルサルバドール(イヌ)
フィリピン(イヌ×2例)
インド(イヌ)
アフガニスタン(イヌ)
ブラジル(イヌ)
ガテマラ(イヌ)
この情報だけから断定的な事は言えません。でも個人的には、メキシコを含む北米と、その他の地域に傾向の違いが見える気がします。
WHOは、アメリカ以外でもコウモリを狂犬病の感染源として問題視しています:
オーストラリアと言えば、日本と同じ世界でも数少ない狂犬病の清浄国…
ネコやフェレットへの注射も義務
発症(感染ではありません)した場合の致死率がほぼ100%という怖い感染症。日本では、病名のせいでイヌだけがヒトに移すと誤解している方も一部にいらっしゃると思います。日本語では「狂犬病」ですが、イヌだけの病気ではありません。
人間を含め、ウシやウマ、ネコやネズミなどすべての哺乳類が感染すると言われています。コウモリも哺乳類ですよね。ちなみに英語では“rabies”(レイビーズ)という病名で、“mad dog disease”とかではありません(笑)
ということで、アメリカではペットへの狂犬病ワクチン接種が飼い主の義務とされる場合、ほとんどの地域で猫への接種も義務です。フェレットも、半分近くの州で接種対象に含まれています。アーカンソー州のように、すべての恒温動物に義務付けているケースもあります。
一方で、AVMAの資料を見る限り、少数派ながら(追加)接種義務は明記されていない州も存在します。
イヌの話題にもどります。AVMAの資料から、全米52州のほとんどでワクチンのイヌへの定期的接種が義務である一方、例外もあることが確認できます。そのほか、イヌの健康状態による免除の可否、接種の頻度、対象動物なども様々で、統一された基準は存在しません。(↓詳細をご紹介しています)
自治体ごとに、狂犬病予防に対する考え方が一様ではない事が分かります。そもそも感染症対策って、「この解が唯一絶対の正解!」って判断できるほど単純で簡単なものではないと思います。社会的・文化的側面の考慮も必須ですし。
いずれにしても、アメリカにおける感染原因についてはエビデンスに基づいた正解が出ています。現在のアメリカでは、狂犬病ウイルスのヒトへの感染源はコウモリであって、イヌではありません。ほとんどがイヌからの感染という表現が、少なくともこの国には当てはまらないことは事実として検証できました。