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時間管理と健康管理をしてみて・・・。
高齢の母がそばに来てから、本当に病院によく行くようになっていた。
ちょっとしたことを掛かりつけの先生に話しに行くということは良くしていたが、それって、全然自分の健康管理につながっているとは思っていなかったし、誰かにちゃんと診てもらっているという意識など全然なかった。
内科をはじめとして整形外科、皮膚科や眼科、歯科など、それまでそうそう行くこともなかったところにあちこち行っては、いろいろな先生方とお話しするようになった。
先生の生真面目さって、こちらにも移ってくる。
ここは真面目にしておかなければいわゆる、
ヤバいな・・・。
と思わされる方っていらっしゃる。
こういうとき、自分の仕事がめっぽう大事な私は、他の専門職とはいえ、指示をいい加減にしてはならないなと思っているのだけれど、それも全く分からない高度な専門性の方々の考えていることに逆らってはいけないと思っている。けど、私たちが生徒たちに一生懸命になると当然相手も堪えてくれるという具合に、先生方の熱心さで私たちの健康管理も変わってくるというものである。
母の主治医の先生があまりに熱心なので、この先生ならいい加減な私でも大丈夫かな?と思って掛かり始めたら、なんと一回の受診で、というより、母の診察の時にちょっと話したことで、予約ができるどころかその日にちゃんと血液検査をしてもらって、ちょっとだけ軽く薬をもらって、その次の時には長年の懸案事項であった数値が落ちていたということがあった。
そのことがあってから、私は毎日自分の健康管理をするようになった。
睡眠は短い、ストレスはそれなりにある。運動している時間がもったいないという考えの私は、生活習慣病なるものの結構近くに存在しているに違いないことなどわかっていたが、そこだけは考えたくないと思ってきた。
でも、ちゃんと対応してもらえると、こちらも真面目になるというものである。
いろいろな数値に関心をもってみると、健康に関する数値があれこれ気になりだすというものである。
最近のマインドフルネスのブームもあり、以前から瞑想には関心があったこともあり、ちょっとばかり健康関係のアプリをスマホに入れてみた。
体験期間が終わり、それなりにいいものだと思っていたけれど、こういうところで倹約の精神が発動して、私はそのアプリのサブスクリプションを止めてしまった。
が、その頃にはもう、その数値を計測するのが楽しみになっていて、それに毎日それなりの瞑想をして眠ることが習慣になっており、また、毎日健康に関する言葉を読むのが楽しみで、夜瞑想をしながらだと、何も考えないでスーッと寝落ちすることに気付いた。
そこで再度コースを決めて、一年一括で支払った。
お金というものは大事である。
支払えば、本気になるというものである。
毎朝、ベッドに座って、その日の初めの瞑想をし、自律神経の計測をする。
そしてリビングで、体重を測り、血圧を測る。
ついでに先日は、起床から就寝までのタイムスケジュールを書き出してみた。
何もしていない、できていないと思い思い毎日を過ごしているが、そんなことはない。
でも、すべてを可視化することで、頭の中は整理ができる。
それに、健康の方は、要するに栄養バランスが、では全くなくて、睡眠がも少し取れればいいい、それよりなにより、運動不足だということが分かった。
多くの経営者たちを中心に、いろいろな人が忙しい中でジムに行くのもわかる。
夜仕事帰りに、フィットネスクラブのお隣のドラッグストアに立ち寄ったりしたら、若い世代の男性が、出入りしている姿によく出くわす。
こんな時間に、えらいよね!と思ってしまう。(笑)
それは彼らがそれなりに健康に関心があり、体型維持にも努力しているということだろう。
もっともっと大変なものを抱ええているのではないか?と考えていた。
どこと言って不調が見つからないのに、体調が悪かった若いころを思い出す。
ほかの方も書かれているけれど、子育てほど体力も気力もいるものはなかった。気付けば仕事は増える。
体力的にも精神的にも疲労困憊してしまった時には、どこと言って異常を見つけてもらえなくても、もう、何とか入院させてもらえないかしらん?とまで思ったことがある。ワンオペなんて当たり前、誰も親類縁者もいない遠い雪国での、子どもたちの入院が長引いた後に、自分がしょっちゅう高熱を出し、おまけに随分長い間スッキリしなかった時期のことである。
だからどこかに何かあるだろうと思っていた。
例えば、
その食事、何ですか!?
みたいな?
そういえば、一度など血液検査の結果も知らされることなく、
今まで見てきた中で、一、二を争うとんでもない数値やったけど、でも、そのもう一人の人は、今でもぴんぴんして元気にしておられるから・・・。
とのことだった。
でも、今回、ちょっと話して一回投薬してもらっただけで、数値はあっさり落ちてしまった。
この違いって、何?
第一、その数値を見せていただいたことがなかったのに、最近では毎回検査結果を見せてもらって安心している。
数値を教えてもらえる、って大きいことである。
だから、数値化、可視化って、問題点をちゃんと見せてくれるものだと思う。そして対応策もわかる。
こういうところ、私はとっても数字を愛してしまうところである。
ちょっとあまりにも卑近な話かもしれないけれど、例えば、
今日は、何時から、何時間で○○を仕上げました!
なんていうのも、結構励みにになる。
というのも、今日は5時半起きで、教室の駐車場の草刈りと落ち葉掃除をして、ちゃんと掃除してしまった。
いつもならそのことをやったこととしてカウントしていない。
でも、今日はノートに書いているので、
私、やったわ!
となって嬉しい。
そういえば、子育て真っ最中の頃、今でも残してある、大好きなぞうさんの手帳を見ると、とんでもなく毎日あれこれやっているというのに、書いても書いても満足できず、
何もしていない、何もしていない・・・。
と焦りや自分を責める声と闘っていた。
というのも、周りの誰もが、それ以上に何かをすることを求める人ばかりで、私はいくら働いても自分を認めてやることができなかったのだろうと思われる。
そういうところは仕事していた時代にもあった。
でも、結婚してから、まあ、生活というものはそういうものだとは思うものの、誰も認めてくれなかった。
まあ、陰湿系の気質のあるらしいところで(それは本人たちの言。)、たった一人で都会から来た嫁なんて、できないことにするのは簡単だったろうし、というかできないことにしないと自分たちの立場を守れなかったのだろうと今ならわかる。
とりあえず良かった。
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