親としての反省
今、ちょっぴり反省しています。
ときは札幌在住、子育て時代に遡ります。
4歳になった娘にピアノを習わせ始めました。なぜか?ちょっと周りに流されたかも。私は、4歳でオルガンを習い始め、6歳でピアノを始めましたが、なんとも自分にとって、オルガン時代が無駄だったように思えたからです。
ピアノの先生になり損ねてきました。なぜか、試験が受けられなくなるのです。どうも国語の先生からは逃げようがなく、それしかならないことが決まっていたみたいに。
私は、あまりタッチがよくありません。機会があれば、また、習わなくては、と思っているけど、やりたい楽器もあります。
6歳から付き合ってきたピアノを弾くことなしに、生きていくことが想像できなくて、半ば強制的かなあ、と思いながらも習わせました。
自由人の娘。なんでこんなことしなければならないの?と平気で言っていました。先生の前で。
私は、少々弾ける程度で、音大出たわけでもないのに、ずいぶん要求がましい想いを先生にもっていたような気がしてならないのです。音大を出られたプロに対して、私は、任せきれてはいなかったようです。
今思えば、音楽教室に通わせて、もっと音楽を楽しませてあげればよかったなあ、と思うのです。
先生にも、娘にも、悪いことしたなあ、と思います。
そういうことって、たくさんあると思います。常識だから、みんながやるから。でも、その子その子に合わせて、どうとでもなることを、こうだ、と決めてしまいがちで、そんな自分と葛藤していたことを、つい最近のように思い出します。いったいいつの間に時間が経ったのだろう?
昨夏、その辺りを歩きました。当時のピンクの服を着て、ピンクのキキララのバッグを持って、レッスンに通っていた娘が現れそうな、そんな気のする、全然その地に違和感がないことが不思議でなりませんでした。
可愛くて可愛くて、愛しくてたまらない娘に、どんな想いをさせていたのかなあ、とよく思います。