はじめまして。〇〇さん【#ガーデン・ドール】

これは二つのドールの命を奪い、願いを進めたあとのお話。

そしてぼくたちは、邂逅する…?

-10月21日 早朝 -

ぼくは屈折魔術を使いキッチンへと侵入していた。

…なんで隠れるのかって?
そりゃ昨日あんなことした手前、可能なら二人きりで話したいから。

…昨日、ぼくはロベルトさんの人格コアを破壊し、セイさんの命を奪った。

すべてはロメリアさんをドールとして復活させるため。

…ということで、状況が気になったというわけだ。
もちろん、覚えているようなら謝っておきたいという気持ちはある。
…これはただのエゴなのだけど。
どういう状況だとしても、他にドールがいてはちょっとそういう話はしにくい。
だからこそ誰もいない時間帯にこうしてやってきたわけだ。
…本当にいないよね?
…うん、大丈夫そうだ。

そんな感じでキッチンへたどり着いたぼくは屈折魔術を解除し、片目を閉じる。

「…我が右目に過去を映す。世界を騙し、そこに在った光景を再現せよ」

再現魔術。
最近使えるようになった魔術だ。
効果は確か…10分前の光景を片目に映す。

閉じた目にぼんやりと景色が広がる。
…うん、誰も来ていないようだ。
戻ってくる気配もない。

再現魔術を解除し、一息つく。
…ぼーっと前を見ていると、ふと額縁に目がいった。

…そこには、以前と変わらぬセイさんの姿があった。

よかった…?そのまま消えてしまうのではないかとも思っていたのでまずはほっとする。

…まあ、とりあえずセイさんにおいしいものを作ってあげようか。今度は騙す目的ではなく、純粋に。

今日は…そうだな、スイートポテトパイにでもしようか。
それから少し時間が経って。

ある程度パイが焼けた頃に…額縁がガタガタと揺れ始めた。

「……ヒマノさん」
額縁から飛び出してきたセイはいつもと変わらず微笑んでいる。

「…セイさん?」

いつもと変わらない。もしかして…昨日の記憶が、ない?
…そしてセイさん、ですか。
ロメリアさんはどうなった…?もしかして…ダメだった、のだろうか。

「あ、美味しそうな匂いですね!」

そんなぼくの気持ちを察することなどあるはずがない。
セイさんはどうやらスイートポテトパイの匂いに感づいたようだ。

「丁度焼けたところですよー。食べますかー?」

そういってパイを差し出すと、満面の笑顔で返事をし、パイにかぶりついた。

「いただきます!…んー、おいしいです!」

どうやら口に合ったようだ。いつものことながらとても美味しそうに食べるよねえ...。
見ていて楽しい。

…と、そうだ。また額縁に戻らないうちに聞くことを聞いておかないと。

「セイさんー、食べながらでいいので聞いてもいいですかー?」
「昨日のことって、覚えてますー?」

「昨日はずいぶんと眠っていた気がします……」

「...眠っていた?」

それは一体、どういうことなのだろうか。

「はひ! もふむっふひほへふ!」
彼女は頬いっぱいにほうばりながら応える。

「…口に物がなくなってからもう一度言ってもらっていいですかー?」

「むぐ」
勢いよく飲み込む。
…………喉に詰まらせないのだろうか?

「はい! もうぐっすりと眠っていました!」

…これはつまり、前日の記憶がないということだろうか。
他の人格コアが破壊されたドールと同じように。

「ふむ…昨日の事は覚えていますかー?」
「昨日はずっと眠っていたような……あんまり覚えてないです!」
「…ありがとうございますー。それならそれでいいですかねー。」

どうやら、昨日の記憶はないようだ。
それはそれでほっとしたような…少し残念なような。
…次だ。セイさんの今の状態を知っておかないと。
ロメリアさんの人格はどうなったのか…ぼくの願いは果たされたのか。

「…これから変なことを聞きますね。何か変わった感じはありませんかー?例えば自分の他に誰かいるような感じとかー。」
「……?いえ、特に何も変わりはありませんよ?元気いっぱいです!」
「…?そうですかー。元気なら何より!なのですよー」

…あれ?もしかして、失敗している…?
昨日のあれは…すべて無駄だった?

「…ロメリアさんは、どうなったのでしょうかー」

ふと、その名前が口から洩れる。
…その時、目の前にいるセイさんの雰囲気が変わった気がした。

「…………」

パイを食べ続けていたその手が止まる。
そして、こちらをまっすぐに見据えて。

「…………ヒマノ、やっと会えたね」

いつもと違う口調で、その言葉は紡ぎだされた。
セイの声、セイの見た目には変わりない。けれど表情はいつもより穏やかで、どこか切なげだ。

「…!?ロメリア…さん…ですか…?」

お願いだ。そうであってくれ。

「はい。私がロメリア。……アルスの願い、ヒマノの決意、ロベルトの覚悟……ぬいぐるみを通して、全て見ていたよ」

どうやら、ぼくの願いは届いていたようだ。
それも、すべてを見られた状態で。
…あれ?ぬいぐるみ?
…確かロメリアさんは、マフラーのマギアレリックとなったはずだから…マフラーでは?
「見られていたんですかー…あれ?もしかして、ぬいぐるみが本体でした?完全にマフラーの方だと思っていたのですが。」
「ううん。ぬいぐるみは、ただのぬいぐるみ。でもアルスが願い続けたから、魂に近いものが形成されたんだと思う。マフラーなら、きっと本物の私を呼び戻せたかもね。今の私はロメリアを再現したもの……って感じかな」

…どうやら、アルスさんが願い続けた結果ぬいぐるみにも魂が形成されていたらしい。
間接的にも願いはかなっていた。そういうことなのだろうか。

再現したもので、本物ではなくても、願いによって作り出されたロメリアさんともいえる存在。
そう解釈しておこう。

「…なるほど。そういうことなのですかー。アルスさんの力の影響というやつですかねー。
…マフラーは『この情報にはプロテクトがかかっています』ので今となっては、ですけれどー」

…そう、ぼくは得られた情報により今どういう状態になっているのか推測がたてられる状況にある。…恐らくマフラーそのものを手に入れることは不可能だろう。
…だからこそ、ぬいぐるみによって人格を再現できた、と思うべきか。

「それでもあなたもロメリアさんです。…改めてはじめまして。ヒマノです。
…ぼくの勝手で呼び戻しちゃって、ごめんなさい」

「……初めまして、ヒマノ。どんな犠牲を払って私がここにいるのか知っている。それでも……アルスの願いを叶えてくれて、ありがとう」
「アルスを大切に想ってくれてありがとう、ヒマノ」

…目から何か液体が出そうになるのを抑える。
そういう顔を、見せてはだめだ。
涙ぐみながら、返事をする。

「いえ…その願いはぼくの願いでもありますので。…可能であればアルスさんも一緒に、といきたいところではありますけどもー。」

…そう、アルスさんも一緒に。
折角なら二人一緒にいてほしいではないか。
…ところで、ふと気になったことがあったので口に出してみた。

「そういえばセイさんの体ってことは時間が経ったら額縁に戻っちゃうんでしょうか?」

その言葉が出た時、目の前の少女の雰囲気が変わった。
底抜けに明るい感じの表情だ。

「……あれ!?私、いま寝てましたか?」

あ、これセイさんだ。
…ということは、名前を呼ばれると、切り替わるってこと???
「…ああ、そういうことですかー。おはようございます。セイさん。ロメリアさん。」

そしてまた雰囲気が変わる。
あぁ、これは確定だ。

「……?いま、一瞬意識が……」

二人の言葉を察するに、人格が変わっている間の意識はないようだ。

うーん、これは結構難儀かもしれない。
一旦、ロメリアさんにだけは事情を説明しておこう。

「…ロメリアさん、どうやらその体はお互いの名前を呼ばれると人格が切り替わるみたいです。あと、時間が経つと額縁に閉じ込められるかも…ですー」
「なるほど……基本的には元の体の人格でいようかと思う。だから、私に用があるときは呼んで。他のドール達にも説明してもらってもいいかな?」
「はいー、わかりましたー。ではノートに書いておきますねー。
…まだ話したいことはたくさんありますが、前例的に額縁に戻る現象に予兆もなにもないのでー、今日のところはこのあたりで。続きはまた次の機会にー。」
「はい。あと、良ければ今度はロベルトとも話せたら嬉しいな。それじゃあまた今度」

…といった感じで、この後はセイさんに人格を切り替えた後パイのお替りを差し出そうとしたところで額縁へと戻っていった。

…もしかしてこれ、結構ぎりぎりだった?
また会ったら色々話したいな。そう思いつつ。
ぼくはノートに書いた後部屋へと戻った。

これがぼくとアルスさんの願った結果の発露。
条件付きとはいえロメリアさんはドールとして復活することとなった。

アルスさん。あの状態になるまで叶えられなくてごめんね。
次は…アルスさんが復活できる方法を探すからね。
そして…セイさん・ロメリアさんが額縁から解放される方法も。

…叶わぬ願いでも、願い続けることは誰もがもつ権利だから。


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