私の 余白 を返して。

インスタ、Twitter、TiktokにYoutube。
近頃はスマホの充電さえあれば暇つぶしに困らない。

電車やバスに揺られながら窓の外を眺めてみたり、「小学生は元気だなー」「柴犬可愛いなー」「雲ひとつないなー」なんて心でつぶやいてみたり、通り過ぎていく看板の文字を意味もなく目で追ったりすることもいつからかしなくなった。

眠れない深夜、よくわからない通販番組をボーッと見たり、昔読んだ漫画を引っ張り出してきたり、静かな河川敷を散歩したりするよりも、軽快な音楽に合わせて踊ったり、雑学やコントを披露したりする人々を見ている方がよっぽど愉快なのかもしれない。

だけど、微動だにせず縦長の画面に釘付けの自分、思考を巡らせずにただ流れてくる大量の情報とブルーライトを浴びている自分にふと、虚しさを感じて失望することがある。

手のひらサイズの「世界」に、私の尊い「余白」が塗りつぶされていく。

私だけのものだったはずの尊い時間が、どこかの誰かの人生の切り抜きで埋まっていく。

そこに余白があれば、見えていたはずの素敵な景色、気づいていたはず面白い世界。今日もきっとたくさん見逃してしまった。

誰とでも繋がれる。なんでもすぐ知れる。ものすごく便利で、どうしようもなく窮屈な時代に生まれてしまった。縦長の世界から飛び出す勇気は、自分で持たなくてはならない。

今日こそは、私の余白を味わおう。


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