進化し続けるJ-POPの源流からの回答: スキマスイッチ 「A museMentally」 全曲レビュー
スキマスイッチの10枚目となるオリジナルアルバム「A museMentally」が7月10日にリリースされた。リリースされてから何度も何度も聴いているが、本当にいいアルバムだ。今までの彼らの軌跡を詰め込んだ集大成的な一枚であり、新たなスタートにも相応しい一枚となった。
2枚同時リリースのコンセプトアルバムとなった前作「Hot Milk」「Bitter Coffee」から2年7ヶ月ぶりの作品だが、今作で強く印象に残るのは "歌" の強さ。そのキャリアを通して幅広いジャンルの影響を受けた高品質なポップスを緻密な設計で作り上げ、それをサラッと聴き流せる爽やかさで仕上げるという問題に取り組み続けているのを活かしたユニークなサウンドクリエイトを軸に、少し捻くれながらもキャッチーなメロディーラインと表現力豊かな大橋卓弥のボーカルにかなり力を入れて、歌をしっかりと聴かせようとする印象を受けた。
ここからは今作に収録された全11曲について詳しく見ていきたいと思う。これまでの表現を踏まえたアプローチが見られたり、全く新しい技法を取り入れたりと、J-POPとしての王道を貫きながら面白さを模索し続ける細やかな仕掛けを堪能してみてほしい。
1. Intro ~for Compact Disc~
アルバムの幕開けを飾るのはCDにのみ収録された1分半のインタールード。以前から彼らはCDで作品をリリースすることに対してのこだわりを語っており、CDでのリリースを意識して曲順や曲と曲の間を設定していると明かしていたが、今作における本トラックの存在も彼らのCDに対するこだわりの一つだろう。正直に言うとCDがアルバムの完全版でサブスクでのリスナーは全貌を把握できないというやり方には賛同しかねる部分もあるが…。これから展開していくカラフルなポップスへの期待を高めてくれる、ワクワク感溢れるオープニングトラック。
2. ゼログラ
スキマスイッチのアルバムは1曲目の持つ力が非常に高いことでお馴染み。過去作でも「螺旋」「藍」「双星プロローグ」などファンからの人気が非常に高い名曲たちが配置されてきたが、今作の1曲目もそれに漏れず流石の仕上がりである。6作目「スキマスイッチ」の幕開けを飾った「ゲノム」を彷彿とさせる刺激的なオープニング。2000年代のオルタナロック的なアレンジで展開される爽やかなロックチューンで、これまでの彼らの作品でも随一の躍動感を持った名曲となった。彼らの楽曲では初めてヴォーカルチョップを取り入れたりと音楽的な進化も欠かさない。シンガロングできそうなパートも見受けられるあたり、今後ライブでも重宝する一曲になりそうだ。
3. Lovin' Song
ドラマ「おっさんずラブ」の主題歌にも起用された先行シングル。これぞスキマスイッチ!と唸りたくなるような珠玉の名バラード。21年のキャリアでも屈指のサビのメロディの強力さを誇る一曲であり、アレンジ面では90年代のJ-POPで見られてきた過剰なくらいの足し算的サウンドをあえて選択。今聴くと「奏」も「ボクノート」もかなりオーガニックで優しいアレンジを施しているからこそ、彼らによるコッテコテのJ-POPオマージュは逆に新鮮なのである。ポップメイカーとしてのメロディセンスを惜しみなく発揮した新たなマスターピース。「奏」などの名曲と並んで長く聴き続けられる一曲としての地位を確立していくだろう。
4. 逆転トリガー
印象的なピアノリフ、軽快なメロディライン、楽曲を彩るストリングスの旋律など、至る箇所から初期のスキマの面影を感じるポップソング。「ふれて未来を」と「全力少年」を掛け合わせた世界観を今のスキマスイッチが再現する、というような雰囲気を感じる。苦しみを抱えながらも自分を鼓舞する応援歌、というニュアンスの歌詞を40代半ばになった彼らが歌うというのもまたリアルだ。サウンドに関してもこれまでの経験が活かされた精巧なポップソングという感じで非常にクオリティが高いのだが、個人的には初期のスタイルそのままにもっとオーガニックなサウンド感覚で仕上げてほしかった思いも少しある。
5. ごめんねベイビー
「逆転トリガー」に続き2曲連続で初期のオマージュと言えるような楽曲が並ぶ。初期作品のカップリング曲でありそうなアレンジが施された小休止的な一曲。どこか「君曜日」や「回想目盛」あたりの曲の雰囲気が漂う (というかこれもしかして消しゴム三部作の続編か…?) 。ウッドベースとドラム、クラリネット、ピアノという異色の編成で組み上げられた、アメリカのカントリーソングなんかを思わせるコメディ的な一幕。彼女を怒らせてしまった男が謝りに行くという日常をユーモラスに切り取る詞世界も彼ららしい。しかしながら、こんなテイストのアルバムの箸休め的な楽曲のドラムを石若駿にオファーするのめちゃくちゃ贅沢だな…。
6. 遠くでサイレンが泣く
まさかスキマスイッチからこんなテイストの楽曲が繰り出されるとは。一音一音繊細なタッチで紡がれたピアノと湿った音像のギター、極限まで数を絞ったドラムのビート、と引き算をこれでもかと駆使したサウンド。その上に乗るメロディは哀愁漂うヘヴィな雰囲気を醸し出している。大橋卓弥のボーカルもどこか枯れたようなディレクションとなっていて、改めて彼の歌の振れ幅の広さに驚かされるばかり。そして歌が終わった後半は3分に及ぶアンサンブル、ギターノイズと潤いのピアノが絡み合い、淡々と暴れ狂うカオスな展開に突入していく。間違いなく今作でも一番の衝撃作、8分にも及ぶ圧巻の一幕にスキマのパブリックイメージは覆されること間違い無し。
7. Lonelyの事情
こちらもブルージーなギターの音色が印象的な一曲。彼らが2016年と2019年に行ったカバー曲のみを演奏するライブ "THE PLAYLIST" のために結成されたTHE PLAYLISTERSと呼ばれる5人編成での演奏で、オールドスタイルなロックンロール風味でのグルーヴ感がたまらないカッコよさ。まるで英語に聞こえるように日本語を歌うという歌い方はかなり前から彼らがよく行っている遊び心満載のスタイル。"恋の因数分解" なんてちょいダサなフレーズもサラッと流して歌いこなすのもベテランの風格と言ったところか。「全力少年」を歌い続けている陰ではこんなアダルティなロックンロールも歌っているのが彼らなのだ。
8. コトバリズム
テレビ番組「しまじろうのわお!」とのコラボソングとして制作された先行シングル曲。昨年の20周年ベストが発売された僅か2か月後の配信リリースだったので正直ベスト盤に入れればよかったのでは…とリリース前は思っていたが、アルバムの流れで聴くと想像以上の輝きを放っていたのはかなり驚いた。"ごめんね" や "ありがとう" といった言葉は口にするのは難しいけれど大事なこと、という子供向け番組らしい切り口のメッセージソングだが、こうしてアルバムの一つのピースとして聴くと大人世代にも向けた詞なのだなとしみじみ。曲も流石ポップ職人と唸らされるキャッチーさだ。
9. 魔法がかかった日
軽やかなメロディとピアノを主体とした爽やかなバンドサウンドが印象的なミディアムナンバー。この楽曲の大きな特徴は随所に昨年11月に逝去したシンガーソングライター・KANの楽曲の要素が盛り込まれていることで、曲調は彼の名曲「Songwriter」のオマージュだろうか。歌い出しから1ブロック終わったところでピアノの旋律が入ってくるあたりもKANリスペクトの手法だろう。そして歌詞にもたくさんのKANの要素が見受けられる。
この部分だけを見ても "遥かなるまわり道の向こうで" "世界でいちばん好きな人"とKANの名曲2曲のタイトルを忍ばせている。その他の部分に目を向けても "青春の風" "涙の夕焼け" "ときどき雲と話をしよう" など彼の曲名が盛り込まれた仕上がり。KANと公私ともに関わりがあったスキマ流の彼へのレクイエムだろう。"ユニフォームのポケットの中に 優しさとユーモアを持って" という一節はKANそのものだ。彼らもまたポップマエストロと呼ばれた天才ミュージシャン・KANの意志を受け継いでいくのである。
10. クライマル
アルバム発売に先駆けて先行配信された今作のリードトラック。90年代のUKロックあたりを思わせる重厚なロックバラード。前作の「吠えろ!」もブリットポップあたりの影響を受けたロックナンバーだったが、「Lovin’ Song」然りこの曲然り近年のスキマスイッチは90年代のサウンドを今改めてJ-POPとして鳴らすという試みを多く行っている。アルバム前半の四畳半感を感じさせる初期スキマの再解釈とは打って変わってこちらは近年の彼らのサウンドの真骨頂で、サビでバンドサウンドとストリングスが絡み合い一気に開けていく壮大な展開に思わず息を吞む。The Birthdayの藤井謙二によるギターの音色も良い彩りを加えている。
11. 君と願いを
アルバムを締めくくるのはボーカルとピアノの2人編成を軸とした荘厳なバラード。映画音楽をイメージさせる壮大なストリングスのアレンジが印象的な一曲。2013年に開催されたオーケストラとの共演ライブ以降彼らのストリングスの使い方は非常に巧みになっていて、この曲もその成果が非常によく表れた優美なストリングスアレンジに仕上がっている。シンプルな編成だからこそ大橋卓弥のボーカルの表現力にどっぷりと浸れる世界観に。バラエティ豊かなアルバムの最後に相応しい名バラードだ。
以上全11曲、51分50秒。これまでのスキマスイッチとこれからのスキマスイッチの要素をともに感じさせる、20周年イヤーの集大成としてこの上ない一枚に仕上がっていたと思う。今回も彼らの職人的なポップに対するこだわりが強く反映された珠玉のJ-POPアルバムと言っても差し支えないだろう。
以前書いたこちらの記事でも解説したが、スキマスイッチはミュージシャンズ・ミュージシャンとしての一面もあり、彼らが現代のJ-POPシーンに与えた影響というのは本当に大きいものである。マカロニえんぴつ、Official髭男dism、YOASOBI、藤井風など現代シーンを代表し、批評筋からの評価も高いポップアクトの面々が彼らからの影響を公言するなどしている。彼らがデビュー時から一貫して取り組んできた「幅広いジャンルからの影響をアウトプットしたカラフルな王道J-POP」という命題が若いミュージシャンに受け継がれ、それがメインストリームのど真ん中で大成功した上にその影響元がしっかりと理解される豊かな環境が出来上がったというわけだ。
今回の彼らの新作は20年前に同じスタイルでシーンの最前線に躍り出た彼らからの現代シーンに対する回答である、という風に考えている。今の音楽シーンに立つ面々のジャンルレスなポップソングとしての完成度は、脈々と受け継がれてきたJ-POPの歴史の中でも最高潮のものであると言い切ってほぼ間違いないだろう。20年前のスキマスイッチが打ち出したものよりも遥かにハイセンスな融合を成し遂げる若手が続々と現れる状態だ。そんな中でリリースされた「A museMentally」は、若いミュージシャンにも顔負けしない流石のポップセンスでキャッチーな楽曲群を作り上げつつ、中盤の流れに顕著だがデビュー21年目を迎えたベテランだからこそ出せる風格を纏うことで改めて彼らのJ-POPシーンでの存在感を示した一枚なのだ。彼らが成し遂げられなかったJ-POPとしての幅広さを持つミュージシャンが多くいる中で、まだ若いミュージシャンたちには再現できないポップスは自分たちの役目だとシーンでの存在意義を宣言してみせたのである。
話は変わるが、2005年のap bank fesでのBank Band「HERO」の演奏時、櫻井和寿が涙を流すという場面があった。この時のことについて彼は次のように語っている。
この日のap bank fesは浜田省吾、Mr.Children、スキマスイッチの三組が参加していた。その後のインタビューで彼が語った通り、音楽というのはミュージシャンの中でも受け継がれていくものなのだ。浜田省吾からMr.Childrenへ、Mr.Childrenからスキマスイッチへ。この日このバトンの一番後ろに立っていたスキマスイッチは、受け継がれてきたこの繋がりを今の世代で大活躍するミュージシャンたちに受け渡す立場になったのだなあ、と新作を聴きながら考えた。彼らも間違いなくJ-POPの歴史の中で重要な位置に立っているアーティストなのである。そして彼らを含む、この繋がりを形成している数多のアーティストが現役として素晴らしい作品をリリースしてくれることも尊いことだと改めて思う。
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