ポツンとパン屋さん〜繁栄の方則①
500店舗もパン屋さんをまわっていると、え?こんなところにパン屋さんがあるの?というところに構えられていることが多々ある。テレビ番組の「ポツンと一軒家」程山奥では無いが、まわりは田んぼだらけだったり、最寄り駅が無く、車で無ければ辿り着けないようなパン屋さんは結構見かける。大きなお世話かもしれないが、やっていけるのか心配になってしまう程である。しかし、そんなポツンとパン屋さんでも大行列をつくるお店が存在するのだ。
今回は、筆者が出会ったポツンとパン屋さんをご紹介しながら、その繁栄の秘密を探っていきたい。
ポツンとパン屋さん〜繁栄の方則
1つ目は、以前の記事でもご紹介した「ルコションドール出西」である。ルコションドール出西があるのは、島根県出雲市斐川町に位置する人口27,641人(2011年9月1日の推計人口)の町である。出雲市全体としては、松江市に次ぐ島根県内2位の171,131人(2023年4月1日の推計人口)である。
出雲市全体としては、ある程度の人口規模を誇る地方都市であるが、店舗近辺は田んぼだらけで、最寄り駅まで3km以上ある。よって来店客のほとんどは車で来ていると思われる。そのための駐車場も広く、50台以上が停められるスペースだ。
筆者が朝のオープン時間、9時半の少し前に訪れた時は、驚くべきことに10名以上の行列ができていた。そして50台以上あった駐車場もほとんど埋まっていたのだ。地元客が多いかと思ったが、駐車されている車のナンバープレートを見るとそうでも無い。パッと見る限り、半分は県外からの来客であった。
以前記事で取り上げさせて頂いた通り、ルコションドール出西のパンは非常に美味しい。だが、美味しいだけで、こんな(と言ったら失礼だが…)田んぼだらけのポツンとパン屋さんに行列ができるのか?
朝の10名以上の行列は紛れもなくパン目当てであるが、実はパン以外にもこの場所を訪れる理由がある。パン以外と言うか、そもそもそこは出西窯の創業の地であった。時は戦後間もない1947年。農村工業の共同体構想を掲げた5人の青年(井上寿人、陰山千代吉、多々納弘光、多々納良夫、中島空慧)と2人の賛助者の協力によって、出西窯は創業された。第2世代のリーダーとして、多々納弘光氏の長男多々納真氏になり、大きな転換期を迎える。
元々鳥取で「ルコションドール」のオーナーシェフをしていた倉益孝行氏が仲間に加わり、2018年5月に ベーカリー&カフェ「ルコションドール出西」がオープン。続いて、多々納弘光氏とアパレル企業のビショップ創業者森省三氏の繋がりで以前からオファーがあった「Bshop出西店」も2019年2月にオープンし、器と食と衣の3つのコンテンツが融合する複合エリアとなったのだ。そんな毛利家三本の矢のごとく強力になった出西窯は、PRやマーケティング面でも効果を発揮し、多くの人が訪れる場所となったと考えられる。
2つ目にご紹介するのが、本州最南端の町にあるパン屋さん「パンとカフェnagi(ナギ)」。ナギがあるのは、和歌山県東牟婁郡串本町に位置する13,981人 (2023年4月1日の推計人口)の小さな町である。
地図で見て頂くと分かるように、ナギの場所は串本町の中心地(写真左側)では無く、紀伊大島という島に位置し、島の人口は1,040人(2022年9月の推計人口)である。筆者は和歌山駅からレンタカーを借りて、お店まで訪れたが、串本町までは高速道路が届いていないので非常に時間がかかったと記憶している。筆者が到着したのは夕方閉店前ギリギリであったので、大行列をこの目で確かめたわけでは無いのだが、口コミサイトには行列であったという口コミが散見された。実際、グルメサイトの食べログでもスコア3.5を超える和歌山屈指の人気店である。その食べログの口コミを見てみると、コメント者は、大阪在住者のコメントが多く、愛知、神奈川、群馬、新潟など離れた場所からのコメントもあった。店主の山本一喜氏によると、関西からはドライブで、遠方からは熊野古道を目的に来られる方が多いのではとのこと。
ちなみに山本氏の経歴は和歌山の名店「Dooshel(ドーシェル)」や、前回の記事で紹介した神戸の名店「Comme Chinois(コムシノワ)」で研鑽を積んでおり、その実力は折り紙付きである。筆者も実際に美味しいパンをイートインもできるカフェ内で食べさせて頂いた。
3つ目のご紹介するのは、長野県の北部(少し北には新潟県)「EN BAKERY 39(サンキュー)!」。サンキューがあるのは、長野県上水内郡信濃町に位置する7,407人(2023年4月1日の推計人口)の小さな町である。
野尻湖の湖畔沿いにあり、元々バスの停留所を改装してできたお店である。筆者が伺った時はたまたま雪が降った日で、高速道路の出口を出てから数台の車とすれ違うだけで、ほぼ町の住民を見かけることなくお店に到着。すると、オープン前に辿り着いているにも関わらず、雪の中を既に10人以上が列をなしていたのだ。
Googleで野尻湖と検索すると、野尻湖ナウマンゾウ博物館が目立って出てくるが、博物館についてさらに調べてみると、1984年に開館し、来館数は1990年の約82,000人をピークに減少し、2017年には30,000人程まで落ち込んでいるとのこだ。となると、来店客はパン買うためだけに野尻湖に訪れているということになるのか?
店主の谷口美樹氏に行列の驚きを伝えてみると、「今日はドーナツの日なので」とのことであった。お店のインスタグラムを見てみると、月に3回ドーナツの日を告知している。筆者が伺った日はたまたまドーナツの日だったのだ。また、カレンダーを見ていると、サンキューは営業日が週3回と、非常に少ない。ブログや口コミを見ていると、その営業日の少なさから、幻のパン屋さんと呼ばれている。谷口氏はパンを1人で作られているとのことなので、そもそも作る量には限りがあるのだが、限定ドーナツ日と少ない営業日数から、希少性という価値が生まれていると思われる。
谷口氏は大阪の人気店で約7年間の勤務経験があり、お店ではハード系からデニッシュやドーナツなど、様々な種類のパンを提供している。筆者が訪れたのはたまたまドーナツの日であったので、もちろんドーナツは頂いたが(笑)、その他のパンも美味しく頂いた。
3店舗に共通する繁栄の法則は何か?
程度の大きさはあるが、シンプルに県外から集客できていることが1番と筆者は考える。実際にポツンとがつくほどの郊外・田舎エリアだと、地域客だけで行列を作るのは非常に難しい。一方で、筆者が色々なパン屋さんをまわる中で、1番よく聞く店主の言葉は「地域のお客さんを大事にしたい」である。繁栄の法則とは矛盾してしまうが、地域のお客さんを大事にしたいパン屋さんに対して、反対意見など出るはずがない。非常に素晴らしいことである。オープン当初、お客さんが少ない中でも、頑張れ頑張れと応援してくれた地域の常連客の顔が浮かぶかもしれない。
マーケットインとプロダクトアウトの話
常連のお爺ちゃんお婆ちゃんのことを考えると、筆者もウルッときてしまうので、マーケティング用語を使って冷静に考えていきたい。マーケティングの世界では、ある商品(プロダクト)を市場(マーケット)に売り出す場合、「マーケットイン」と「プロダクトアウト」の2つの戦略が存在する。マーケットインとは、マーケット、つまりはお客さんのことを考えて商品作りを考えることである。例えばパン屋さんだと、地域のお客さんは高齢者が多いから、硬いパンよりもあんパン、メロンパン、カレーパンなど、定番の柔らかいパンを作ろうということである。一方、プロダクトインは、自分の作りたい商品を優先して考えることである。例えば、「地域のお客さんは高齢者が多いが、自分は修行したパリの雰囲気を日本で再現するためにパン屋さんをやりたい。だから、ハード系のパンが受け入れられることを信じて商品作りをしよう。」ということである。
要は何を目指すかの違いで、マーケットインもプロダクトアウトもどちらが良いというわけではないし、どちらか一方に振り切らなければならないというものでもない。そして、どちらにもメリットとデメリットは存在する。マーケットインは、立ち上がりから安定した売上が見込めるものの、大きなインパクトある規模を目指すと難しい。プロダクトアウトは、立ち上がりは苦労するが、ハマると大きなインパクトを出すことができる。野球になとえると、安定的にヒットを打ち続けるアベレージヒッターか、長打狙いのパワーヒッターである。どちらも、球団(街)にとって必要な選手(お店)である。
ここまで説明すると、筆者の説明の仕方の問題も大いにあるかもしれないが、何やらプロダクトアウトはホームラン狙いの大振り博打に見えて、マーケットインの方が良いという風に見えるかもしれないので、あえて少しプロダクトアウトをフォローしたい。マーケットインのデメリットとして、近年の物価高騰など強力な外部環境が迫って来た際、例えるなら強力なピッチャーが突如現れた時、得点が入り辛くなる。マーケットインは、地域のマーケット(地元客)を対象としているパン屋さんが多いので、日本の現在の経済状況も考慮すると、値上げに対して過敏に反応されてしまう。さらに、ポツンとパン屋さんがあるような田舎エリアは過疎化や高齢化が進み、マーケットサイズ(胃袋のサイズも)がどんどん小さくなっていく。一方、プロダクトアウトのお客さんは、地域の親密性では無く、商品の品質を理由に来店してくれるので、高い価格でも買ってくれる。ネットの口コミには「値段高過ぎです!一生買いません」など辛辣なコメントを残す人も僅かにいるが、県外から価値があると見込んで来てくれるお客さんがいるなら、気にせず自信を持って価値に見合う価格を付けるべきだと筆者は思う。
いずれにせよ重ねて申し上げるが、マーケットインもプロダクトアウトもどちらが良いというわけではないので、(よりたくさんのお客さんに支持されるという意味での)繁栄を目指す場合は、県外から集客できていることが重要ではないかと考える。
県外から集客する方法として、パンの一本足打法に頼らなくとも良い。今回ご紹介したパン屋さんを例に用いると、ルコションドール出西と「出西窯」「Bshop」、ナギと「熊野古道」など、活用すべき集客パートナーやコンテンツが、繁栄の一要素として関わってくるはずである。いくら商品力があっても、ポツンとのレベルが上がれば上がるほど、パン屋さんを唯一の目的地とするには難易度が高くなる。逆に良い集客パートナーやコンテンツと巡りあうことができれば、繁栄への道は一気に開けるだろう。近年、メディアやSNSを通して地方の観光コンテンツに光が当たるようになっているし、地方にも旅の目的地となるような予約困難レストランが現れてきている。ポツンとパン屋さんを繁栄させるためには、ポツンと名所に乗っかることも重要なのだ。
後半へ続く(かもしれない)。