#52 ヘブンズタイム

朝、目が覚めると、空が灰色。そんな日々を繰り返していた。

脳内で天使がふわふわと踊り、みんなでハイタッチをしている。中には、真顔で踊っている天使もいた。よくわからないが、とても楽しそうだ。

目を擦る。起き上がる気力が湧かない。いつもiPhoneの時計を見て慌てて飛び起きる。

初めてあてたパーマは落ち着かない。最近、起きるとよくパイナップルになっている。顔出しをしなければいけない授業があるから、セットをする。セットと言っても、水をかぶってドライヤーをするだけ。適当だ。

時間が解決してくれる。そう思っていた。ただ、時間は解決してくれない時もあるらしい。まだ僕は生きている。生きすぎている。生きすぎているが、行き過ぎている。はやく大人になりたい。


オンライン授業は退屈だが、ギリギリまで寝ていられる。10時27分に起きても、10時30分からの授業に間に合う。もうずっとオンライン授業でいい気がしている。

カップラーメンを食べながら授業を受ける。オンライン授業だからこそできる技だ。いつもパソコンに汁が飛び散って後悔する。澄んだ画面に汚れた液体。学習しないのがこの僕だ。

そんな時に限って指名される。僕は麺を噛み砕き、150人以上が受けている中、画面の前で思っていることすべてをぶつけた。先生は頷いた。そして一言。

「素晴らしい意見やなぁ〜。」

画面の前でニヤニヤしたのは言うまでもない。



画面越しにグループセッションがあった。ランダムでグループ分けされる。この機会に友達を作ろうぜ!という先生のはからいだ。

お互いに自己紹介をしあった。画面越しだから伝わること。画面越しだから伝わらないこと。画面越しの魔法にかけられた女の子たちは、みんな可愛く見えた。今までにない変な感情になった。

大学の入学式がなくなり、ガイダンスもなくなった僕は、未だに入学した実感がない。漠然とした不安だけが募る。画面越しで友達を作ろうにも、感じ取れるものが少なすぎる。

長い自己紹介をされようとも、薄っぺらく感じてしまう。君の目の奥の景色はどうなっているんだろう。

女の子に「茶髪似合ってるね〜!」と言われた。まんざらでもない顔をしてしまった。とても恥ずかしい。

自分に嘘を盛り込み、真面目を装った。真面目だが、真面目ではないからだ。


大学で広告の授業がある。広告マンの先生に広告の作り方や考え方を学ぶ。

「アイデアを生み出す脳を若いうちから作っていこう。必ず将来役に立つ。」

毎週のようにラジオ番組に送るためのネタメールを考えている僕は、アイデアを生み出す脳にだんだんなっているという実感があった。広告とラジオは似ていると感じた。授業の感想でそれを伝えると、先生は食いついてくれた。

「いいね!絶対続けたほうがいいよ!」

嬉しかった。必ず将来役に立つ。これからも続けようと思った。

退屈なオンライン授業の中にも、少しばかりの幸せは散らばっている。毎週頑張れる所以だ。


オンライン授業が終わる。課題なんか放っておいて、ただギターをかき鳴らす。ラジオを垂れ流す。ジミヘンを垂れ流す。エリック・クラプトンとライオネル・リッチーも。いや、ライオネル・リッチーは言ってみたかっただけ。平凡な毎日だ。

雑に置かれたTシャツ。雑に置かれたクリアファイル。雑に置かれたアンプ。雑に置かれたTポイントカード。数年前の俺へ。数年後、Vポイントになるぞ。

晩ご飯を食べた後、少し暇な時間ができた。課題をするのが一番効率的なのだが、僕はこの時間を使い、ラジオ番組に送るネタメールを考える。

我ながらいいネタメールが書けた。自信があった。ただ、これだけ送っても読まれないだろうし、もうちょっと付属で送っておこう。そう思い、5分ほどで5通書き、送っておいた。

心の中にあるクソムシは死んだ。でも僕は生きている。正解なんてあってないようなものだ。


夜空が銀色に感じられた。星が泣いているように感じた。三日月は俯いていた。三日月に座って釣りをする少年は、元気がなかった。

虚しい気持ちを抱えたまま、何も考えず目を瞑る。無の時間。なかなか眠れず、多少の汗をかく。僕は寝る前の時間が嫌いだ。

いつまでたっても眠れない。現実で起こるはずのない楽しい妄想をし、無理やり眠りにつく。流れた涙は歩き出して、何処かへ行ってしまった。夢が現実であればいいのに。

朝、目が覚めると、空は鉛色だった。やる気が出ない。気分が上がるはずもない。

こうしてまた、平凡な毎日を繰り返す。


朝、目が覚める。空が眩しいくらいに青かった。
新品の服をおろす。新品のスニーカーをおろす。大学の対面授業が始まるのだ。

久しぶりに髪の毛をセットした。未だにパーマの自分を受け入れられていない。今日はやけに落ち着かない。

久しぶりに外に出た。目で雲を揺さぶる。青空に微笑みかける。今日の雲は機嫌がいい。


アルコール消毒をして、距離をとって椅子に座る。全員がもれなくマスクをしている。お前は誰なんだと言わんばかりの表情が並ぶ。異様な雰囲気だった。

久しぶりの緊張だ。水をがぶ飲みする。授業開始2分前に、トイレに駆け込む。最悪の気分だ。

ギリギリで教室に戻り、恒例の自己紹介タイムが始まった。使い古された言葉を使い回す人たちを見て、乾いた拍手を沢山送った。


赤い髪の人を見つけた。鼻にピアスをあけていた。外見はヤンチャだが、声優志望のとても優しいタイプの子だった。この子とは仲良くなれそうな気がした。

ばっちりメイクの男の子を見つけた。K-POPを愛しているらしい。今度一緒にご飯を食べに行く約束をした。幸先がいい。

自己紹介でスベった。最悪の出だしだ。恥ずかしくなり、いつもの猫背がイルカ背になった。目が独特な泳ぎ方をした。クロールではなく背泳ぎだ。

君が笑った。目を見て笑った。柔らかく笑った。ひとりで生きていない。もうなにもかもどうでもよくなった。


授業終わりに、同じクラスの数人で中華料理を食べに行った。

みんなでいろいろと話しながら、青椒肉絲を食べた。よく一人で外食をするが、一人で食べるより格段に美味しく感じられた。

上海蟹も食べたいし、中華料理も食べたいと思っていたから、みんなが誘ってくれてとても嬉しかった。

ふとした瞬間に、ラジオの話になった。僕以外にも、普段ラジオを聴いている女の子がいたのだ。

すぐに仲良くなった。話していくうちに、僕のラジオネームを知っていることを知らされた。

僕は再び、今までにない変な感情になった。嬉しいような悲しいような。もうとにかくぐちゃぐちゃだ。

僕は感情を押し殺し、平静を装って対応した。新しく作っては、どんどん捨てる。感情なんてものは、どんどん捨てるべきだ。


初めての対面授業で、大学生らしいことを体験できた。とても楽しかった。平凡な毎日を繰り返していた日常が、少しだけ笑った気がした。

授業終わりに友達とカラオケに行き、夜まで歌った後、一人暮らしの友達の家にふらっと寄りたい。

テレビを見ながらご飯を食べて、夜通しゲームをして、いつのまにか寝落ちして、学校に遅刻しそうになりながら、急いで学校に向かいたい。

これが僕の夢だ。実現されるかどうかは、自分の力量次第だ。自分に課された課題その1は、「一人暮らしの友達を作る」。すぐに終わらせるつもりだ。


対面授業が始まったが、一人の時間は変わらない。家に帰ると、ただギターを弾く。ただ、ラジオを垂れ流し、課題をこなす。

世界各地でサッカーが再開された。平凡で憂鬱な日々に、ひとつ幸せが復活した。毎週狂ったように試合を観ていた僕にとって、サッカー再開は最高の知らせだった。

ギターを弾く。ラジオを聴く。ギリギリで課題を終わらせる。ビートルズを垂れ流す。サッカーの試合を観る。

大好きな一人の時間に突入すると、もう誰にも止められない。最強の時間。ヘブンズタイムだ。


メールを送った番組の放送日が来た。なんとも言えないドキドキとワクワクだ。メールを送り始めて4年目だが、いつまでもこの気持ちは残り続けている。

僕が送ったネタメールが読まれた。自信があったものではなく、付属で5分ほどで考えた5通のうちの1通だった。パーソナリティが笑ってくれた。こういうとき僕はいつも、なんとも言えない変な感情になる。

朝5時、眠りにつく。ラジオの余韻と、なにもかもどうでもよくなったあの時間を思い浮かべながら。


14時まで寝た。久しぶりの感覚だ。やけに気分がいい。なんでもできそうな気がした。眠りすぎて、一日が短くなっているとも知らずに。

14時59分までの課題が出ていた。目を擦りながら適当に終わらせ、すぐに提出した。

2時間後、先生からコメントが届いた。

「あなたはいつも秀逸な内容です。ブラボー。」

案外そんなもんだ。あまり意識していないが、適当なりに、文字数が少ないなりに、深く書くようにしている。

「退屈なオンライン授業の中にも、少しばかりの幸せは散らばっている。」

と書いたのは、まさにこのことだ。これからも続けていきたい。


ギターの弦が切れた。錆び付いたアコギの弦とのお別れ。何度も経験しているが、いつも少し寂しい気持ちになる。

新しい弦に挨拶をした。背筋をめいっぱい伸ばしてもらい、ギターに寝そべってもらう。

とてもいい表情をしていた。素晴らしい音色を奏でてくれることと思い、優しく撫でた。

新しい弦から奏でられるBUMP OF CHICKENの音色は、予想通り素晴らしく、感動した。嬉しかった。


朝、目が覚めた。身支度を済ませて飛び乗った電車で、1限目が休校になったことを知る。

まだ眠れたじゃないか。通学時間が長いとこんなことになる。

友人宅でBUMP OF CHICKENを聴きながらスマブラをする。フジワラモトオは、スマブラには参戦しない。

友人宅で作ったレトルトのカルボナーラが、この世で一番うまかったんじゃないかと思うくらい、感動的だった。

次の授業までだらだらしながら、飯を食いながら、ゲームをする時間。これが一番の至福のときだ。

無駄であり無駄じゃない一日を終え、ベッドに入る。
一日を振り返り、そして明日を見据える。
明日が来るとも限らないのに。
夜を明かした先に、未来が見えるとも限らないのに。



久しぶりに実家に帰った。田舎の空気は気持ちいい。都会と全然違う。周りに田んぼしかないこの場所で、よく13年間も生きてたな。と思うくらいの田舎だ。

風が気持ちいい。都会では感じられないほどの胸の高鳴り。地元に帰っただけで、こんなにも気持ちが明るくなるとは。

幼馴染たちに連絡をしてみた。ある一人は、大阪でゲームの専門学校に行っている。そしてある一人は、バイトを3つ掛け持ちして一人暮らし。そしてある一人は、神になっていた。

猫をなでながら、中学時代を思い返す。月に一回は体育館の玄関のガラス扉が割れていたあの日々は、僕の中に深く刻まれている。


近所の公園の土手の上に寝転ぶ。夜空を眺めていると、楽しかった日々を思い出す。同時に、憂鬱な日々を思い出す。憂鬱な日々の中でも、後に繋がる何かがあるはず。そう思い、日々を生きている。

パソコンを眺めていると、自分は何者なのかと思うことがある。自分のしたいことをして、ただ今を生きている。楽しい時も、辛い時も、ただ、今を生きる。生きていれば、必ず報われる。そう信じている。

SUPER BEAVERを聴いていると、笑った君の顔を思い出す。君が笑うと、僕は元気になる。君が笑うと、何もかもがどうでもよくなる。いつまでも笑っていて欲しい。



世界は狂っている。いろんな情報が錯綜して、なにが本当かわからない。僕に課された一生の課題は、「自分で判断する」こと。この世で一番難しいが、僕は絶対やり遂げる。なめてもらっちゃあ困る。

世界を手の上で転がして、あっちやこっちに揺さぶってみたい。世界を受け止めて、抱きしめてみたい。

街の明かりは僕には眩しすぎる。何もかもが煌めいて、僕に降り注ぐ。人の幸せを願える、強くて優しい人になりたい。もしも神様がいるのならば、僕にハートのエースを出してくれてもいいんだけどなあ。



朝、目を覚ますと、空は元気がなかった。空は号泣していた。嫌なことでもあったのだろうか。

駅前で君を見つけた。僕は傘を差し出し、君の目を見つめた。君の目の奥に訴えかけた。


「今日、これから晴れるらしいよ。」


僕は目を閉じた。君は泣いていた。頬を赤らめた君は、僕の胸の中で頭を揺らす。

予想を遥かに超えていく喜びに、少しだけ触れることができた気がした。

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