言語判定法を使って美術家が書いた公説日本美術史11 芸術分析について
ここで、私が使っている「芸術分析」というものについて、少し解説をしておきます。
私は、学問という規準にこだわりました。それは哲学者のフッサールを勉強していたと言うことがあって、『厳密な学としての哲学』という著作に感銘を受けたのです。それで、《厳密な学としての芸術》という設定をして、芸術分析をする様になったのが、私なのです。ですので、あくまでも学問としての芸術論なのです。
こういう考えをしたのは、一九六八年で、私は二二歳でした。しかもこの時は世界的に学生運動が盛んでした。その理由はベトナム戦争が激化していて、その反戦運動が盛り上がっていて、ベニスビエンナーレという国際美術展にも、学生のデモが押しかけて、その商業主義的な性格が批判されました。
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2. すみません、最初の記事ですが、アップしてから、マガジンの設定でトラブって、記事を消してしまいました。そこで再度書いたのですが、内容が加筆されて膨らみました。ですので、買ってくださった、狩野さん、記事を再度読んでくださるようにお願いします。