『挽肉と米』ができるまで(後編)
異なるプロフェッショナル同士がチームを組み、それぞれの専門性や視点を掛け合わせることで、ひとつの領域だけでは見えなかった新しい可能性が広がる。2020年6月にグランドオープンした『挽肉と米』も、そうしたアプローチの結晶だと感じています。
ORES COMPANY代表の山本昇平、LAMP代表の清宮俊之、POOL代表の小西利行。この異業種3名の集まりによってスタートしたプロジェクトは、どうやって現在の『挽肉と米』に辿り着いたのか。その道のりを前編・後編に分けて、振り返っていきます。
後編となる今回は、「挽きたて、焼きたて、炊きたて」というコンセプトに基づいて、どのように店舗設計や商品開発をしていったのか。その経緯について、挽肉と米CEOの山本、上野建築研究所(UEKEN)の上野幹恭さん、POOLチームを交えて話していきます。
コンセプトを体感できる店を目指して
ー 『挽肉と米』の店舗設計は上野建築研究所(UEKEN)の上野幹恭さんが全て手がけています。山本さんと上野さんは、どういう風に出会ったんですか?
山本:上野さんとの出会いは、吉祥寺に1号店を出すことが決まったあたりでした。コンセプトに沿ったお店を作っていこうと考えた時に、内装をどこに依頼するかを悩むなかで、清宮さんを通じて紹介してもらったのが上野さんです。すぐに意気投合して、お願いすることに決めました。
実際に一緒に仕事して感じるのは、上野さんの意図を汲み取る力のすごさです。僕らが「こうしたい」と思っていることについて、はじめに細かくインタビューされました。そこで答えた内容を自分の中で解釈して、「じゃあ、こういう風にするのはどうですか?」と色々と提案してくるんです。
だから、上野さんが出してくる図面には「なぜ、ここがこうなっているのか?」がすぐにはわからないものがあります。でも、そこには「このコンセプトならこうするから、ここはこうなってた方がいいですよね」みたいな理由がちゃんとある。普通はこちらから提案すべきことを逆に返してくる。そこまでしてくれる人はなかなかいないと思いますね。
ー 上野さんは山本さんから『挽肉と米』の依頼を受けた時、どんな風に感じました?
上野:僕が依頼を受けた時には、ロゴもコンセプトも決まっていて、「これはもう絶対に流行るやつじゃん!」と思いました。だから、勝ち戦にのった感じです(笑)。
あと、僕は飲食店専門で仕事をしていて、多くの経営者とやりとりをしていますけど、山本さんはちょっと変わっているんですよね。論理的に一個一個を積み重ねていく感じの人は初めてだったので、やりとりが面白かったんですよ。そこまでロジックを組み立てて、アイデアを生み出しているんだと。
ー 店舗デザインについては、POOLチームも一緒に進めていったんですよね?
宮内:そうですね。コンセプトを体感してもらうには、お店の空気感やお店での体験が欠かせないので、僕らもガッツリと入らせてもらいました。とはいえ、僕らは現場のプロじゃないので、「こうしたい、ああしたい」と無責任に希望を出すんですけど、実際にその希望を実現できるかはやってみないとわからないことが多く、すごく勉強になりました。
また、『挽肉と米』の店づくりにおいて、「物件のオリジナリティを大事にしていこう」と現在でも話しているのは、第一号店である吉祥寺があるからだと思っています。どこを残して、どれを新しくするかは結構話し合いましたよね。
昔の古民家の土間とかを想像しながら、朝、お母さんがご飯を炊いていて、そこに自然光が入ってくる写真を集めたりして。そういうイメージをもとに、こういう世界観にしたい。お店に入った瞬間に「おいしい」と思える空間にしたい。そんな話を最初の頃によくさせてもらったことを覚えています。
ゼロから見直した末の大転換
ー 現在の『挽肉と米 吉祥寺』を見ると、空間全体でコンセプトやシズル感を体現している店だと感じますが、どのように形にしていったんですか?
上野:一番最初は、現在のように炭火で肉を焼くことを想定していなかったんですよ。どちらかというと『山本のハンバーグ』の延長線上で考えていて、最初につくったレイアウトでは、スコチンやグリドルを置いていました。厨房があって、オープンキッチンのような形で、出来たての料理を出すスタイルです。
山本:そうなんです。でも、小西さんたちから「本当にやりたい世界観で勝負してほしい」と言われた後、全てをゼロから見直したんですね。「挽きたて、焼きたて、炊きたて」というコンセプトにとって、何が一番いいのかと。
そのなかで、「挽肉はどう焼いたら、一番美味しいと思う?」という質問をチーム内でした時に、全員が「炭火!」と答えたんですね。ただ、炭でハンバーグを焼くといっても、中までちゃんと火を入れるハンバーグ屋さんって、ほとんどないんですよ。だから、「できるかなぁ…」という不安も多少あったんですが、挑戦してみることに決めたんですね。
上野:また、炭火焼ができたら、店舗のレイアウトがかなり自由になるんですよね。中央に焼き場を置けるので、どの席に座っても焼き場との距離が同じになって、超できたてを提供できる。そういう面からも、炭火焼は挑戦する価値があるなと。
山本:最初に、知り合いの焼き鳥職人さんにお願いして、焼き鳥用の焼き台で挽肉を焼いてみたんですよ。普通に美味しくて、本格的に試作することになったんですね。そしたら、上野さんが木製の焼き台のプロトタイプを作ってきてくれたんですよ。大きいバンで乗りつけてきて、何を出すのかなと思ったら、ガコッと焼き台を出してきて。「そんなことまでしてくれるの!」と、あの時は頼もしさを覚えましたね(笑)。
宮内:僕らも試作に同席させてもらいましたが、細かいところまで微調整してもらって、色々と試行錯誤してもらいましたよね。いろんなタイプの網の形や形状を試したり。炭から肉との距離を細かく変えてみたり。
山本:だから、『挽肉と米』で使われている焼き台は上野さんの超オリジナル製品なんですよね(笑)。上野さんお抱えの鉄工所が久留米にあるんですけど、そこで一つひとつ手作りしてもらっています。更に、現在でも改修に改修を重ねていて、どんどんアップグレードされています。
宮内:色々な焼き方を試しながら、挽肉は100%国産牛を使うことだったり、小さいサイズ3つで焼きあがった挽肉を提供することも同時に決めていきましたよね。「これだったら間違いない!」と納得できるものを、全員で決めていけたことが大きいと感じています。
コンセプトを拠り所に、空間をデザイン
ー 商品の提供のスタイルや店舗レイアウトが決まった後は、どのようなことを意識して店舗空間をデザインしていったのでしょうか?
宮内:「挽きたて、焼きたて、炊きたて」のコンセプトが拠り所としてあるので、どうすればそれをより感じてもらえるかを考えて、上野さんと何度もディスカッションさせていただきながら、空間を作っていきました。
例えば、「炊きたて」だと、常にご飯を炊き続ける羽釜から立ち上る湯気によるライブ感を感じてもらいたくて、二階から自然光が入る吹き抜けになっています。すごくいい光が入ってくるので、炊きたての湯気がしっかりと見えます。
宮内:「挽きたて」であれば、「蕎麦屋の麺打ち工房ってシズル感があるよね」というところから挽き場をつくって、店の営業外でも肉を挽いているところを見られるようにしました。
宮内:あとは、主役である挽肉と米に集中できるように、店舗全体の空間照明を少なくし、必要なところだけを効果的に照らすようにしました。例えば、卓上を照らすライトは薬味置きの裏側につけて1つにまとめています。客席の周りにもできるだけ余分な要素を増やさないようにしました。
ー 吉祥寺といえば、巨大なダクトも印象的ですよね。
上野:あのダクトは最後の最後でつけたものなんですよね。焼き方を検証していく中で、最初はあまり煙を出さない焼き方を想定したんですけど、煙を出したほうが美味しいという結論に辿り着いたんです。でも、既にダクトを付けない前提で二階を抜いてしまっているし、どうしよう…と。
でも、オープンまで時間もないし、苦肉の策で天井に抜ける巨大なダクトを急遽設置しました。二階から入る自然光についてあれだけ議論したのに、いきなり巨大なダクトが登場したので、みんな驚いたと思います(笑)。
山本:でも、今となっては、あのダクトは吉祥寺のシンボルと言われてますからね。巨大なダクトをつけること自体もすごいけど、あんな風にカッコよくつけられるのは、上野さんの感性のなす技だと思います。
店舗ツールも『挽肉と米』の世界観で統一
ー 店舗内のコミュニケーションツールについても聞かせてください。吉祥寺では、アナログな食券機がまず目を引きますよね。
宮内:お店に入ったお客さんが最初に接触するものなので、食券機にはかなりこだわりました。もともとはラーメン屋さんによくあるような無機質な食券機だったんですが、山本青年のお店に似つかわしくないと思い、上野さんに「木の箱を被せることはできませんか?」と相談させてもらったんですよね。
上野:この食券機は、本当に大変だった(笑)。サイズピッタリに作らないといけないので、食券機を一度バラしてみて、細かく調整していきました。
宮内:上野さんのこだわりの賜物ですよね。はじめて木の箱が被っている食券機を見た時、ものすごく感動したことを覚えています。そこからデザインを何パターンも検証して、ボタンを手書きのイラストにすることを決めて、今の姿になりました。
あとは、卵が無料だったり、水がセルフになっていたりするので、案内表示も世界観を壊さないように意識しました。でも、ちゃんと目立っていないといけなかったりするので、現場に行って何度も検証しています。あとは質感ですよね。モルタルと木なので、なるべく木やグレイ、黒などの色でサイン関係をコントロールしました。
ー 宮内さんと一緒にデザインを担当しているのが、POOLのデザイナーの桑原さんですが、デザインにおいて特に意識していることは何ですか?
桑原:コンセプトを一番大切に考えていますが、それと同じくらいに「自分が行きたいと思えるお店かどうか」も考えていますね。自分がほしいものを作るくらいの感覚で、主体的に取り組ませてもらっているので、純粋に楽しんでやっています。
だからこそ、デザインを作成する時、いつもすごく悩むんです。これが本当に私が作りたかったものなのかと(笑)。そういう意味で、楽しさを感じる反面、緊張感のある仕事でもあります。
宮内:それは僕も全く同感です。コンセプトに基づきながらも、ゼロベースに近いところでデザインを考えていくので、「自分がどうしたいか?」がすごく試されている感じがします。
最近だと、僕らがどこかイマイチだと思っているデザイン案に対しては、山本さんや上野さんからも同じようなリアクションが返ってきて、「やっぱり、そうですよね」となります。それくらいの深い関係性で仕事させてもらえることって、あまりないですよ。だからこそ、お互いに納得できるいいものができた時は、すごく達成感がありますね。
SNSでの発信で大切にしていること
ー 2020年6月にオープンした『挽肉と米 吉祥寺』ですが、オープン後すぐに連日満員となりました。『挽肉と米』の情報発信はPOOLの廣田さん・芦田さんと一緒に行っているそうですが、どのようなコミュニケーションをしていったんですか?
廣田:もともと『挽肉と米 吉祥寺』のオープンは2020年3月を予定していたのですが、新型コロナウィルスの感染拡大が広がっていたため、延期を決めたんですね。ただ、お店は既に出来上がっていますし、何かできることはないかと思ってはじめたのが、インスタグラムでの発信でした。
準備期間の間に少しでもお店の存在を知ってもらい、「オープンしたら来店したい」と思ってくださるファンの方を増やしていけたら。そう考え、「エア・オープン」という形にし、あたかも店がオープンしているかのように、シズル感あふれる投稿を心がけました。
炭でお肉を焼いているシーンを横から撮ってみたり、上から撮ってみたり。米の炊きたて感を出すのに、「羽釜の蓋が開いて、そこから湯気が出ていたりするとシズル感があるよね」とか、色々と試行錯誤をしました。
廣田:投稿に反応してくださるフォロワーさんも少しずつ増え、エア・オープンの間にファンをつくれたというのは、大きかったですね。また、SNSでの発信を通じて、吉祥寺のローカルメディアが取材してくれたりもしました。
オープンしてからは、オンザライスの写真を撮って、SNSに投稿してくださるお客さまが増えました。感動するレベルで料理が美味しくて、お店のシンボルとしてオンザライスのイラストがあるから、その掛け合わせが投稿したくなる動機につながっているのではないかと思います。それは、まさに異業種がタッグを組んだからこそ生まれた相乗効果だなと。
ー 現在においても、『挽肉と米』においてSNSは大切なコミュニケーションの場となっていると感じますが、どんなことを意識しながら日々の投稿をしていますか?
廣田:ひとつ決めているのは、宣伝的なことはやらないことです。お店自体のコンテンツがしっかりとしているから、私たちはそれをそのまま伝えていく。なので、売り文句のような表現は使わないように気をつけています。
また、デザイン同様に、山本青年になりきることを心がけています。「ブランドをつくる上で、主人公がいるって強いな」と感じていて、同じことを伝えようと思っても、「こういう言い方は山本さんだったらしないだろうな」と必ず頭をよぎるんですよ。みんなの頭の中に架空の山本青年がいて、そことリンクしながら、投稿する内容や文章も考えています。
芦田:実は、山本青年の存在は公にはしていないのですが、フォロワーの方々の反応を見ていると、山本青年のキャラクターが受け入れられていると感じる瞬間も多いですね。例えば、母の日には、お母さんとのハンバーグの思い出を語ってもらったりしているんですけど、たくさんの反応をいただきました。山本青年というキャラクターを理解し、ファンの方々も求めてくださっているんだなと感じます。
あとは、「語りすぎない」ことも大事にしています。想いをしっかりと伝えていきたいけど、自分から熱く語りすぎない。お店に足を運んでくださったり、SNSの投稿を見ていただくなかで、想いが自然と伝わっていく。そうしたコミュニケーションを意識するようにしていますね。
プロ同士が組むことで、各々の強みがより活きる
ー 上野さんにとって、POOLのようなクリエイティブの会社と一緒になってお店づくりをするのは初だったと思いますが、いかがでしたか?
上野:一つひとつをこだわり抜いて、体験やデザインをつくっていくことが、すごく新鮮でしたね。僕には全然ない発想をPOOLのみなさんが持っていて、いつも予想外のところからボールが飛んでくる感じでした(笑)。
焼き台のプロトタイプや食券機の箱を自前で作りましたけど、もともと僕は大工をやっていたこともあって、ものづくりはあまり苦じゃないんです。むしろ得意。ただ、その元となるデザインを考えるほうが僕の中では難しくて、そこをPOOLさんが一緒にやってくれるのは、すごくありがたいし、勉強になるし、面白かったです。
あと、「僕ひとりでシュートを決めなくていいんだ」という安心感がすごくありました。POOLさんというスゴいストライカーがいるから、自分はいいパスを出せばいいくらいの感じ。その分、オペレーションやお店の快適さとか、そういう部分に力を入れることができます。自分一人で全てをやらなくていい良さが、よくわかりました。
ー 『挽肉と米』が出来上がっていったのも、このチームだからこそという感じがしますね。
山本:そうですね。そして、『挽肉と米』のチームがこうなっている理由を考えると、みんなでゼロから一緒に作って、みんなで納得して、みんなで腹落ちしているからだと思うんですよね。
上野さんはコンセプトが決まった後に加わっているけど、上野さんはコンセプトに深く共感してくれて、僕らと同じくらい自分ごととして捉えてくれている。コンセプトの共感力の強さが、このチームの魅力だと思います。
異業種の相手と組むと、お互いに見えていることが違ったりするので、最初は相手の意見を理解するのに少し時間がかかります。でも、それはものづくりをするために必要な時間です。色々な意見がある中で、「どれが本当にいいんだろう?」とみんなで考えて、みんなで答えを探していくと、こんなにスゴいものができるのかと。
これからの時代、様々なプロフェッショナルな人たちとチームになって仕事をしたほうがいいと思っているんですよね。ひとりが全てを学んで頑張るよりも、すぐに力を発揮できるプロが集まってクリエイティブする方が、時代に必要なタイミングで、レベルの高いクリエイティブができるはずです。
コンセプトへの強い共感があることを前提に、優秀な人たちと一緒に、それぞれの専門性を活かして、新しい体験や価値をつくっていく。『挽肉と米』はそうしたチームであり続けたいですし、また違う専門性を持った人やチームにジョインしてもらえると可能性が広がると思います。そんな出会いがこれからもあるといいなと、ワクワクしていますね。
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聞き手・文章:井手桂司
写真:三橋拓弥