(中編小説)パンと悪魔とジュブナイル(約1万字です。)
多くの語り手は、時系列をあえて入れ換えることによって、話に深みを持たせようとする。
物語の種類によっては、とても効果的な方法だと思う。
でも、私が今から話す『物語』は少し複雑な経緯を辿ることになるから、素直に時系列に沿って話そうと思う。
大陸西部地区の中でも東寄りにあるとある町に、ソニアという名の一人の娘がいた。
彼女はパン屋の一人娘だった。
その娘は、何処にでもありそうな、これと言った特徴の無いパン屋に行列を作った。
と言えば皆、見てくれの良さを想像すると思うが、理由はそれだけではなかった。
気立ての良さもあると思うが、当然それだけで物語の主人公には成れないのは、皆も知るところだろう。
ソニアは趣味で占いを嗜んでいた。その占いが良く当たるものだったから、噂を聞き付けた客が遠方からも押し寄せたのだ。
これでも、主人公としてはまだ弱いだろう。
だから、私はこんな文言を付け加えてみようと思う。
『当時は魔女狩りが盛んに行われていた。』
感の良い人はもう分かってくれたと思うが、ソニアの占いが良く当たるのは魔女だからではないかと官権は考え、捜査の手を伸ばしたのだ。
悲劇のヒロインの誕生である。
町の人気者だったソニアは、皆の手によって少し離れた森にある、今は使われていない猟師小屋に匿われることとなった。
とは言っても、町の皆も一番は自分と自分の家族の身であり、支援と呼べるものは最初に渡された数枚の銅貨と、少しの食糧だけであった。
ソニアにとって救いだったのは、森の反対側に小さな村があったこと。
そして、小屋の暖炉がまだ生きていたことである。
村は農村で、金は無いけど小麦粉なら文字通り売るほど有った。
ソニアは、なけなしの銅貨で小麦粉を買い、暖炉でパンを焼いて、自分の分を残して、残りを売った。
そして、儲けた銅貨でまた小麦粉を買った。あとはその繰り返しである。
ソニアが農民との付き合いを最低限に留めたのは、彼らを巻き込みたくないという彼女なりの優しさからであるが、それは彼女自身を孤独に追い込むことにもなった。
「私が本当に魔女だというなら、悪魔でも良いから召喚して話し相手になって欲しい。もちろん、できることなら可愛い天使の女の子がいいけどね……。」
そうソニアが呟いた瞬間、小屋の床に黒とも紫とも言えない色の魔方陣が現れ、そこから何者かが出現した。
そいつは、頭には羊のような角を、尻からは黒くて細長い尾を生やした、小柄な少女の姿をしていた。要は悪魔の娘だ。
その悪魔っ娘は可愛いのかだって?
まぁ、確かにこの話は『物語』なんだから、そこは重要なポイントだろう。
しかし、残念ながら私は『自分』のことを可愛いと自慢するようなナルシストではない。
つまり、私の正体は『母』が召喚した悪魔である。
私が見た初めての光景は、母の泣き顔であった。
『自分が本当に魔女であることを、自分自身で証明してしまった』のだから、当然だろう。
当時の私は生まれたばかりで、自分のこともよく分かっていなかったから、トラウマには成らなかったけど、母は違ったと思う。
それでも母は、事ある毎に「あなたが生まれてきてくれて本当に良かった」って話してくれた。
母が元々強かったのか、私のために強くなってくれたのかは分からないが、どちらにせよ私の母に対する感謝の気持ちに代わりはない。
◆
元から生活に必要な最低限の知識を持って生まれたので、パンの販売及び材料の購入には私が代わりに行くようになった。
角と尻尾は帽子と服で隠した。
窮屈ではあるが、母との生活のために頑張って耐えた。
母がパン作りに専念できるようになったこともあって、私たちの生活にも少し余裕が出てきた。
そのうち母は、私に小遣いを渡すようになった。
うちの家計を考えれば、少しでも貯蓄に回した方が良いと思うのだが、母の好意を無駄にしたくなかったし、私にも欲しい物があったので素直に使うことにした。
もちろんそれは、母の生家のある町までの駅馬車のチケットだ。
母の両親、つまり私の祖父と祖母に、母の無事を伝えに行く義務が私にはあると考えたのだ。
森を迂回するとはいえ、隣町には違いないため、チケットもそれほど高くなく、2時間ほどで町まで辿り着けた。
その町はいつもの村よりも人が多い分、決して良いとは言い難い香りに包まれていた。
母の生家であるパン屋は、大通りから見て2つ目の裏通りにあった。
この立地で行列を作ったのだから、母の占いは相当のものだったのだろう。
悲しげな表情を隠しつつ仕事に精を出す二人の顔を見て、私はすぐにあることに気が付いた。
母は養子であることに。
このご時世である。
もしかすると、孤児だったのかも知れない。
まぁ、私が言えた義理ではないし、そもそもこんなことがどうでもいいことなど、私が一番知っている。
二人が悲しげな表情をしている。
私にはそれだけで充分なのである。
私は店の勝手口に、『あの娘の代理人です。あの娘は元気にしていますので、安心してください。早く風向きが変わって、この雲が晴れることをお祈りいたします。』という伝言と共に、この伝言の主が母の代理人である証拠として、母の焼いたパンを置いた。
店の前を通る人は皆、悲しげな顔で店を一瞥して通り過ぎていく。
私は今日、悲しさと嬉しさという感情は両立することを学んだ。
◆
帰りの駅馬車の時間まで少し余裕があったので、私は周囲を散策することにした。
そこで一軒の貸本屋を見つけた。
本には興味があった。
本は知識の塊であり、これからの私たちの行く末を明るくしてくれるヒントを教えてくれるかもしれないからだ。
ただ、ここは貸本屋。
『総額=貸本代+往復の駅馬車代』、明らかに予算オーバーだ。
下手に立ち読みなどして店主に怒られて、悪い意味で町の人に顔を覚えられても不味いし、ここは諦めよう……。
などと考えていたら、店主に話し掛けられてしまった。
「お嬢ちゃん、本に興味があるのかい?」
「はい。ただ、母から頂いたお小遣いがもう底を尽きまして、今日は諦めようと考えていましたので、今回はお暇させていただきますね。」
無難な答えで会話を終わらせるつもりだったが、中年の男性店主はそれを許してくれなかった。
「古くなって処分するつもりの本があってね。ちょうどお嬢ちゃんくらいの年齢向けの本もあった筈だから、持っていきなさい。ちょっと待っててね。」
本を取りに店の奥へと入っていく店主を私は引き留めた。
「只で貰うわけにはいきませんよ。」
「いや、むしろ貰ってって欲しいんだ。本を処分するのにもお金は掛かるんだよ。」
店主は遠い目をして、そう答えた。
「なるほど、そういうことならお手伝いさせていただきます。」
店主が持ってきた本は『剣と魔王の物語』という古ぼけた冒険モノのジュブナイルだった。
ただ、前書きを読む限り、私の見た目の年齢を考えると、少し年齢層の高い内容に感じる。
前書きを読んだ際の私の表情を読み取ったらしく、店主はこう言い放った。
「『お嬢さん』なら読るよね?」
無意識の内に眉間に皺が寄ってしまった。
「そう構えなくても大丈夫だよ。おじさんの娘も同世代の子と話が合わなくて、よく近所の大人や教会の神官様たちと話していたからね。そんなだからうちの子は同世代の子よりも頭が良くなっていったんだ。いや、逆なのかな。頭が良かったら同世代の子よりも大人との話の方が楽しかったのかも知れないね。お嬢さんもそうなんだろう。話し方が大人びて見えたからね。」
なるほど、これは気をつけないと駄目だな。
「そんな娘も去年、王都の商人に嫁いでいってしまってね。お嬢さんの話し方を聞いてふと思い出してしまってね。まぁ、それはいいとして、とりあえずその言葉遣いは目立つから、気を付けた方がいいよ。」
「善処しま……分かりました。」
「うん、『能ある鷹は爪を隠す』。これは大陸の東の果てにあると言われているとある国の諺さ。」
「覚えておきます。」
「そうそう、そのジュブナイルは全3巻の続きものでね、生憎中巻と下巻は今品切れ中なんだよ。次にお嬢さんが来るまでには入手しておくから、来る度に顔を出してくれないかい。もちろん残りの2冊もただであげるからさ。」
喰えないオッサンだな。
今の話、明らかに矛盾してるだろ。
つまり、このジュブナイルの続きを駄賃に、本の処分を手伝ってくれってことだろ。
まぁ、私は損しないし、この町にもまたパンを売りに来ることになるだろうから、むしろ好都合だ。
駅馬車も定期券を作れば安くすむし。
「分かりました。色々とね!」
「それは良かった。これからも末長く宜しくね!」
こうして、私に協力な仲間が加わったのであった。
◆
隠れ家に着いた頃には、太陽は既に沈んでいた。
本当なら明日のことを考えて、早めに寝た方が良いのだが、あの貸本屋が私に何を読ませたかったのか気になったので、少し読んでみることにした。
ちなみに、この本は買ったことにした。
小遣いの使い道を素直に話したら、母に思い出さない方が良いことも思い出させてしまうことになりかねないからだ。
あの貸本屋には2つも貸しを作ってしまったということだ。
いや、本の内容次第によってはもっとかもしれない。
それを確かめるべく、私は表紙をめくった。
◆
本は先程も言ったとおり、『剣と魔王の物語』という冒険活劇である。
簡単にあらすじを述べると……。
復活した魔王を倒すべく、8つの国から終結した勇者たち『八血衆』一行が、魔王の放つ部下たちを蹴散らしながら、強力な『剣』を求めて旅をする。
という、よくあるジュブナイルであった。
一行のリーダー格の姉君が、魔王軍に誘拐されるまでは。
騎士の家系に育った彼女は、果敢にも魔王の説得を試みたのだ。
彼女の母親は、魔王の封印を守る巫女であったため、魔王が『本来為すべき事』を知っていたのだった。
彼女の説得で揺れる魔王の心にとどめを刺したのは、部下の裏切りであった。
要は下克上である。
本来、勇者どもに揺さぶりを掛けるために拐った小娘を守りながら、元部下と剣を交える彼の姿は、まさに第2の主人公であった。
勇者一行と合流した元魔王と姉君は、暴走した新たな魔王を討伐する。
そして姉君は、元魔王が『本来為すべき事』を勇者一行に語った。
彼は、昼に生きる者、つまり人間のような昼行性の動物に加護を与える『光の神』たる女神と対となる、夜に生きる者に加護を与える『闇の神』であった。
彼が役割を忘れていたのは、人間たちの行動に問題があった。
と言っても人間たちに責任が有るわけでは無い。
『闇の神』と聞いて、『善行を行う神』を想像する人間などいないだろう。
「森には怖い闇の神が居るから入っちゃ駄目だよ。」と子供に諭す行為は、子供だけでなく、森の住民に不要な殺生を行わせないことに繋がる善行である。
そして、人間の中で『闇の神』は『魔王』となっていった。
そして、『闇の神』は『魔王』となっていった。
闇の神は勇者に首を差し出した。
理由はどうであれ、人々を殺めた罪は消えないと彼は言う。
勇者の振り上げた伝説の剣は、見事な横線を描いた。
闇の神の首をギリギリ掠らない位置で。
勇者はこう語った。
「本当に罪を晴らしたいのなら、首を差し出す前にやることがある筈だ。自分の領地の混乱を静めてきてくれ。残党が残っているとなると、俺たちの仕事が終わらないんだよ。」
こうして、動乱を静めた勇者一行は帝都へと凱旋するのであった。
以上がこの本のあらすじである。
分かったことがいくつかある。
1つ目は、この本が明らかにジュブナイルではないこと。
2つ目は、この本だけて綺麗に完結しているので、中巻と下巻はこの本の盛況を受けて作られた続編であること。
3つ目は、その続編に期待を寄せる悪魔がいること。
そして最後の4つ目は、『今日は』1日睡魔との戦いになることである。
◆
貸本屋とのお別れの日がやって来た。
勘違いしないで欲しいが、彼が死神に狩られた訳では無い。
私の見てくれは変化しない。
パッと見、成長期真っ只中の私が、いつも同じ背格好でパンを売っていたら、誰だって不思議がる。
そのうち、魔女に結び付ける者も現れるだろう。
貸本屋には黙って離れるつもりだったが、最期の日と決めた日に何故か捕まってしまった。
でも、良かった。
これで、かれこれ百冊もの『廃棄予定本』という名の『綺麗な中古本』と、『知識』と、『経験』を譲って頂いたお礼ができる。
「やっと手に入ったよ!あのジュブナイルの中巻がさ!下巻は……ごめん、今探してる。」
やはり喰えないオッサンである。
私が今日でこの町でのパン売りを終えて、遠くの町へと拠点を移すことに気づきながら、「いつでも戻ってきて良いからね」と、この本にはきっとそういう意味が籠められている。
勘繰りすぎか?
どちらでも良い。
これで私の別れの挨拶は決まった。
「ありがとう。また来ますね。」
貸本屋の旦那さんは笑顔で私を送り出してくれた。
◆
光陰矢の如し。
次の町も去る時期がやって来た。
否、時期を見誤ってしまった。
この町の公僕は優秀で、私に悟られること無く尾行を成功させ、私達の隠れ家は発見されてしまった。
突入のタイミングを今か今かと計る無数の公僕の群。
こういう時こそ、百冊分の知識を引き出さねば!
◆
フラッシュバックしたのは、『剣と魔王の物語』の中巻。
とある人間の赤子が、ゴブリンの鍛冶師夫婦に拾われるところから話は始まった。
子のいない夫婦は、彼を我が子のように育てる。
しかし、村が魔物に襲われた際、彼は魔法を用いて危機を回避してみせた。
人間には使えないはずの『闇魔法』を用いて。
次の日、夫婦の元に魔王の使いを名乗る魔人がやって来て、息子さんを引き取りたいと申し出た。
「地上に居れば、やがて『闇魔法』を隠せなくなる。その前に魔界で引き取らせて欲しい。悪いようにはしない。それは彼のためにもなる。」
ゴブリンの鍛冶師は『八血衆』の元一人であり、魔王の正体を知っていた。
一晩悩んだ末、ゴブリンは息子を預けることにした。
魔王は当初、側近の一人として育てるつもりであったが、彼はまるで『異世界からの転生者』が如き知識を用いて魔界の諸問題を解決し始め、あれよあれよと次期魔王候補まで登り詰めていた。
後継者候補は先に二人の名が挙がっていた。
一人は、魔王の実の一人娘。
一人は、元老院の一押し。
娘は面倒臭がりで、一押しはタカ派であった。
娘は押し付ける相手ができたと喜び、一押しは露骨に敵視した。
満18歳となり、成人した彼は、遊学名目で地上に戻ってきた。
魔王からの選別には『闇のアーティファクト』が忍ばされていた。
彼は冒険者となった。
冒険者なら各国を巡れるし、武術の修行にも、魔物から民を護ることもできるからだった。
冒険者ギルドの試験官からパーティーメンバーとなったアマゾネスの斧使いと共に、怪しい冒険者からパーティーメンバーに誘われ受けた仕事は、最終的に二つの帝国間の戦争を回避することとなった。
怪しい冒険者のうちの二人は両帝国の近衛隊隊長であった。
もう一人は彼も会ったことのある巫女候補。
彼女の言うには、魔王の封印に用いる宝具が強奪されたとのこと。
彼女の母である巫女の命と引き換えに。
彼の脳裏にある人物が思い浮かぶ。
もちろん、魔王ではない。
元老院の一押しである。
勘違いされがちだが、魔物は魔属の眷属ではない。
生物の負の感情が、原生生物を依代に凶悪な魔物として具現化した存在である。
しかし、魔属は先の大戦で魔物を操る魔法を開発していた。
戦争を引き起こせば、人々の負の感情は無限に増大する。
それは魔物の活性化を意味する。
両帝国の優秀な諜報部隊でも、『一押し』の居場所を特定することはできなかった。
彼の居場所に心当たりがありそうな人物はひとり。
迷いの森で隠居生活を送る女神教教会の元諜報部隊顧問の老婆である。
しかし、活性化した魔物の跋扈する迷いの森を探査して彼女の隠れ家を特定するより、『一押し』を探した方が二度手間に成らないだろう。
そこに現れたのが、老婆の弟子を名乗る獣人の少女。
魔物の活性化で隠れ家に帰るに帰れなくなってしまったとのこと。
彼女の言葉を信じて迷いの森に突入し、なんとか隠れ家へと辿り着く。
老婆曰く、『一押し』のアジトは、砂漠の蟻地獄の中にあると。
かくしてアジトは見つかり、一行は『一押し』との対決に挑むことになる。
『一押し』は彼の正体をバラすが、そもそも(獣人の魔法使いを除いて)彼の正体は既知のことであり、何の動揺も与えられず、『一押し』はあっさりと一行に討伐される。
一件落着のはずが、魔王は映写魔法を用いて全地上界に宣戦布告を宣言する。
魔界突入のために、全地上界の技術者が東の帝国に終結し、飛空挺を魔改造することになった。
突入部隊に立候補した一行は、帝都で鋭気を養うことになる。
そこで交流を持った少年の妹が、とにかく暴れたいだけの盗賊達に誘拐される。
一足先に盗賊のアジトへ走った少年を追って、一行もアジトへと急ぐ。
少年は至って冷静であり、アジトへのルートに木の実を使った目印を残しており、洞窟の前で一行の到着を待っていた。
「自分は足手まといになるだけだ。妹を頼む。」
涙を堪えながら懇願する少年の代わりに洞窟へ突入、無事に少年の妹を救出する。
お礼にと少年から預かった木刀を腰に差し、
完成した飛空挺に乗り込み、一路魔界の結界に突入する遊撃部隊の一行と撹乱部隊の各国精鋭達。
魔王城の正門前、そこに待ち構えていたのは、次期魔王候補を辞退したはずの義理の姉であった。
「親父を殺そうとするなら、例え義弟であろうとも敵だ!」
元々武闘派ではない彼女に一行を止められるはずもなく、彼女は一行に道を譲ることになる。
謁見室で一行を待ち構えていたのは、死装束を着で正座する魔王であった。
「おまえを遊学に出したのも、アーティファクトを託したのもこの時のため。今から我が奥義『不見刃』を放つ。見事防いで反撃を入れてみよ!」
魔王の気配が消える。
彼もアーティファクトを構える。
暫しの静寂の後、立っていたのは『新生の魔王』であった。
「見事……。」
「親父!何故こんなことを!?」
「責任を…取るためだ……。部下の罪は…上に立つ者の罪だ……。それに…そのアーティファクトは…ぐっ……魔王の血を吸うことで…完成する……。新たなる魔王…いや…新たなる闇の神よ……真の敵は…強い……。己の為すべき事を為せ………。」
その後、先代魔王の側近と義姉に魔界のことを頼み、地上に凱旋するシーンで中巻は終わる。
『己の為すべき事を為せ。』
私は覚悟を決めた。
◆
【魔女のアジトに突入した勇敢なる兵士達は、魔女「ソニア・アファナシエナ」、及びその眷属たる悪魔「タチアナ・アファナシエナ」を即座に拘束。
鋼鉄の檻に入檻した後、魔女の生家のある町の広場にて吊し上げ、火に焚べた。
これにて、この国はまた魔女の脅威から護られたのであった。】
◆
という、『幻影』を公僕どもに見せてやった。
ぐすっ……。
『母と私が焼かれる様子を見せて、公僕どもを満足させたのだ。』
ぐすっ……。
これでもう、母が公僕に不当に追われる心配は無くなった……と思う。
ぐすっ……。
私がまた、ヘマをやらかさない限りは大丈夫……。
ぐすっ……。
私は『悪魔』である……。
ぐすっ……。
だから、こんなことも造作もない……。
ぐすっ……。
だから、この頬を伝う水滴はただの汗に違いない……。
ぐすっ……。
だって、私は『悪魔』だから……。
◆
翌日、母の生家のパン屋に『あの娘は鬼籍に名を連ねました。』というメッセージと共に、『母の焼いたパン』を置いた。
今回はちゃんと意図を組んでくれるか分からない。
いや、メッセージを文字通りに受け取ってもらっても構わないのか……。
どちらにせよ、母がこの地を踏めるようになるためには、『雨に止んでもらわないといけない』わけなのだから。
◆
その後、母は寿命を全うした。
享年四十歳。
伝染病が原因だった。
森には動植物の他、間引きのために猟師もやって来る。
そして、なんと悪魔まで住み着いているのだ。
経路は分からない。
でも、母の魂は天国とやらに向かうはずなので、関係な……。
私の言葉を遮ったのは、母の亡骸から飛び出した眩い光の塊だった。
塊は暫く空中を漂い、そして、無数の光の欠片となって飛び散っていった。
その一つが、ゆっくりと私の目の前まで降りてきた。
光り輝く立方体。
私の魔力の何千、何万倍もの力を秘めたキューブ。
善行にも悪行にも使える宝石。
そして、母の形見。
これから私がやるべきことが決まった瞬間である。
何個に別れたか、それすら分からない。
でも、全て集めないと母の形見が悪行に使われかねないのだ。
母の埋葬を終えると、私は旅の準備を始めた。
行き先は、おそらく中心とおぼしきこのキューブが教えてくれる。
行き方すら、教えてくれる。
生き方すら……は教えてもらうわけにはいかない。
もう、私も親離れしなければいけないのだから。
◆
懐かしい町へとやって来た。
ずっとあの古本屋がどうなったか気になっていたので、最期に寄ってみたのだ。
店は無かった。
そりゃそうだ。
最後に訪れてから二十年は経っているのだ。
とりあえず、腹ごしらえだけでも済まそうと歩き始めた時、ご老体の男性に声を掛けられた。
「久しぶりだね、お嬢さん。」
男性は古本屋だった。
「お爺さん誰?」
惚けて見せる。
そもそも、私は見てくれが変わらない。
つまり、子供の姿なのだ。
男性の言っている『お嬢さん』はとっくに成長して子供がいてもおかしくない妙齢の女性になっているはずである。
だから、痴呆が始まっているのか、本当に他の子供と勘違いしていると考えるのが普通である。
「ちゃんと言いつけ通り年齢詐称を続けているようだね。でも、角と尻尾はもう少し上手く隠した方がいいよ。分かる人には分かるから。」
喰えないオッサンである。
つまりあの時、最初から私が悪魔であることを分かった上で話し掛けたということだ。
何者か気になったが、私にそれを言う権利がないことに気がつき、有耶無耶にすることにした。
「跡取りがいなくてね。去年閉めたばかりなんだよ。今は店を貸し出して湖口を凌ぐ生活さ。まぁ、独り者だし、蓄えもあるから。」
そういうことなら心配は無さそうだ。
「そうそう、あの連作の下巻を渡していなかったね。ちょっと待ってなさい。」
そういうと、裏口から二階へと上がっていき、暫くして古ぼけた本を持ってきた。
「ひとつ聞いていいですか?この連作、最初から全部揃ってましたよね?」
「さぁ、どうだったかねぇ…、最近物忘れが酷くてねぇ……。」
絶対、最初から揃ってたな。
「先日のあの光、お嬢さん絡みなんだろう?ワシには何もできないけど、無理はせんようにな。そして、辛くなったら戻ってきて良いんだよ。まぁ、その前にワシが持たんか!ハハハッ!」
「ありがとうございます。それでは行ってきます。」
「あぁ、達者でな!」
◆
先代魔王が言っていた真の敵とは……なんと!
止めておこう。
ネタバレは大罪だ。
というか、私もまだ読んでなかったり。
それよりも旅路が大事だ。
これから何が起きるか分からないけど、きっと大丈夫。
私には強い味方が二人も居るのだから。
―――
連作小説の序章になる予定です。
……『予定は未定』ですが。
一応、次章以降……どころか最終章までのプロットは作ってます。
作ってから書き始めたので。
でも、最終章を書き上げるまで気力が持つか、そこが問題なんですよね……。
とりあえず、次章を書き終えて投稿したら、アルバムを別けるつもりです。
その時はタイトルも変えて、今のタイトルをサブタイトルに変更するつもりです。